サッカーワールドカップ枠拡大を選択したFIFAの思惑
NHKマイあさラジオ「社会の見方・私の視点」 5月26日放送
解説:法政大学スポーツ健康学部教授 山本浩
司会:サッカーワールドカップ、これまで32だった本大会の出場枠が48、16チームも増えて大きな大会になることが決まりましたけど、これをどう考えたらいいんでしょう。
山本:この参加チームの枠の増加ですね、これは大陸によってずいぶん違いがあるんですけど、世界中に広がるFIFA(国際サッカー連盟)加盟国・加盟地域のうちに、これまで予選突破が難しいあるいは手が届きそうで届かない、こういうチームが大きな希望を持つような時代が来るということなんですね。
つまり、目標が近くに来るわけですから、自分たちのチームはこういうふうに変えていくと、こういう可能性が絶対出るという信頼感、それがその国や地域のサッカーの実力を上げてくる、それが全体とするとサッカーそのもののステータスを上げる、そういう要因になる可能性があるわけです。
司会:一方ですごく高いレベルで、ハードルを高くしてしのぎを削る試合だという価値があるからこそ、興味を持って見たりするので、逆に沢山チームが出ることによって、面白味が薄まってしまうんじゃないかなと、そんな感じもするんですけど、そこはどう考えるんでしょうか。
山本:そういう指摘をする人は少なくないですね。
しかし、自分の実際の見る行動、支援する応援する気持ちの変化を見ますと、他に弱いチームが出て来たからといって、それはあまり気にするのではなくて、自分が気になっているチームの試合を見る、そういうところの気持ちは多分変わらないです。
たとえば日本代表ですと、相手が多少弱くても、最終予選で出る出ないが関わってるとすると、非常に大きな関心をもって見るわけですね。
こういうものはそれぞれ生き残っている限り、全体として少し中身のグレードが下がるかもしれないとしても、トータルでの一般の影響、たとえば経済の影響あるいはサッカーの普及の影響ですね、こういうものを考えると国際サッカー連盟が「これで行こう」と決めた理由がそこのあるような気がするんですね。
司会:では改めてその増加枠を整理しておきましょう。
私たち日本代表のいるアジアは、これなでの4.5から8枠になりました。
これはかなり大きな増加です。
そしてあと目立ったところでは、アフリカが5から9、一方で欧州が3チーム増えた。
この増え方、どうでしょう。
山本:アジア・アフリカ・北中米カリブ海、ここが増えたという印象ですよね。
この地域の特徴は、地域の中に非常にサッカーの発展途上国・発展途上地域が多いという現実があるんですね。
そうすると、どういうことが起こるかというと、たとえば予選を始めた時に、それぞれの最初の段階の試合の価値が非常に商品的に低いんですね。
ということはどういうことかというと、それぞれのサッカー協会にお金が入る仕組みになってるんですけど、その入って来るお金が少ない、それがひいていえばその地域やその国のサッカーの実力を上げるのにブレーキになってしまうわけですよね。
これが弱小国を抱えた地域の悩みをですね、少し間口を広げるつまり扉が広くなることによって、それぞれの国や地域のサッカー協会が力を入れ始めますとですね、商品化とも次第に上がっていく可能性があるわけですね。
それが言ってみれば、サッカー後進国・サッカー発展途上国をもっている地域全体を押し上げ、後から考えると世界中の沙㏍-が少しずつ上がっていく、そういうふうな読みがあるんだろうと思うんですね。
一方でですね、インファンティノさんという会長が新しい会長でこの4月に就任して、自分の施政方針としてこれを挙げて選挙に勝ったんですけれども、このインファンティノさんのライバルにアジアのサッカー連盟の会長のサルマンさんという人が対立候補で出たんですね。
選挙の時に非常に僅差でこのサルマンさんが最初強い力を見せたものですから、サルマンさんを応援していたアジアとアフリカ、ここに対する配慮も少しした、それによって国際サッカー連盟の中の政治的な分裂を止めていこうと、一つになって融和策をとりながら前に進もう、そういう気持ちもあったんじゃないかという気がするんですね。
司会:このインファンティノ会長は今回の改革を早い段階から宣言していたようですね。
山本:そうなんですね。もともと欧州サッカー連盟の事務局長をしていました。
欧州のサッカーというのはですね、世界の中ではお金持ちで強い国が少なくないですよね。
そこにはあまり増加枠を増やさなかったわけですね。
何故かと言いますと、欧州連盟がやっている欧州選手権という大会があるんですね。
これはワールドカップの中間年に行われるんですけど、これが2016年フランスで行われた前回の大会から枠を増やしたんです。
これが終わった後、増やし過ぎだと、つまり質が低下しているんじゃないかという批判も受けたわけなんです。
そういうこともあって、欧州にはあえて枠を増やさなかった、そういったことが結果的に出て来たんじゃないかという気がするんですね。
それから、欧州連盟にはチャンピオンズリーグという非常に人気の高いリーグがあるんですが、これは非常にお金の入って来るシステムなんです。
ですから金のなる木をもっている欧州連盟には、あえて質の低下の批判されるような状況を作って枠を増やすことはない、こういう考え方があったんじゃないですかね。
司会:では大陸内でサッカーがこれまで以上に盛り上がると考える理由は何でしょう。
山本:ワールドカップの予選ですね、この予選がある意味で自分たちのゴールが近くなってくるんだと、こういう実感の下に始まるわけです。
そうすると当然政府をはじめとしてですね、自治体やそこにいる企業あるいはサッカー団体ですね、そうしたところが一斉に力を入れ始める。
それに呼応して一般のサポーターの人たちも熱気が徐々に上がってくるわけですよね。
ワールドカップの本大会出場を期待するチームがどんどん増えてくることで、たとえばワールドカップの予選の間に親善試合をやりますよね、親善試合をやって相手のチームと似たチームを呼んできて一回トレーニングをしておきたい、こういう親善試合にもたくさんの人が集まってくる可能性があるわけですね。
当然テレビやあるいはインターネットによるお金も入ってきますから、サッカー全体の経済的な力が上がってくる可能性があります。
それがある意味で言いますと、その地域の水準も上げてくれる。
そういうふうに考えていいと思うんです。
司会:経済的な期待がサッカーの普及ですとか発展の力になるというのはいいとしまして、アジア枠が増えましたよね。
日本は簡単に本大会に出場できるんだというふうに思ってしまうこともあるかもしれないですけど、これはどうなんでしょう。
山本:そういう人が時々ありますね。
私自身にもそういうふうに問いかけて来る人はいます。
しかし、現実を言いますと、たとえばアメリカのワールドカップ(1994年)、そこまで24の国の地域だったんです。
それが日本が初めて出場したフランス大会から32に増えたわけです。
じゃあその時に多くの国が「これで出やすくなった」と言ったかというとそんなことを言っている国はほとんどなかったんです。
というのはやはり、間口が広くなったことによってどの国も我も我もと強化に努める、そういう流れが生まれ始めたわけです。
ですからその点で言いますと、重い扉が少し軽くなったんじゃないかというのは期待としてはそれはそうかもしれませんが、現実で言うとそんなに甘くないというところなんです。
南米予選を見てみますと、過去の例で言うと、アルゼンチンがひょっとしたら危ないんじゃないかみたいなことを言われたりですね、ブラジルがこのままではなんていう報道があったりするわけなんです。
ですから間口が広がったからといって、簡単に出られるというふうに口をそろえて言う強いチームは実はいないという現実があるんです。
ただ一方でアジアで考えますと、不定に大きな期待を持つのは中国だろうと思います。
中国というのはいま世界のサッカー界に非常に大きな投資を始めています。
大きな企業がスポンサーにどんどんついている時代なんです。
その中国がなかなかワールドカップに出てきにくい状態です。
この中国は、おそらくこの機会をとらえて、「我々も絶対にいけるに違いない」と、中国のサッカー関係者やファンが思い込んでいるはずなんです。
それを考えますと、日本も韓国もうかうかしていられないという時代が来るということですね。
司会:扉は少し広くなったんだけれど、その分皆さんがこぞって入ってこようとする、実力を挙げて来るからということなんですね。
山本:そうなんです。やすやすとこれで出られるとなんていうことを喜んでいるようでは、日本の本来の目標に届かないと思うんですね。
日本の本来の目標というのは、2050年までにもう一度日本でワールドカップを開催し、そして優勝すると言っているわけですよね。
少なくとも優勝するためには、その前の段階で、もうすでに時間を超えてしまいましたけど、2015年までに世界のトップ10に入ると言っていたんです。
ですからそのトップ10に入ることを目指して進んでいかなきゃいけないんですね。
それは今の仕組みで言いますと、ワールドランキングというのがありますが、このランキングをどんどんあげていく、そのためには強いチームにどんどん勝つようなサッカーをしないといけないんですね。
日本はワールドカップの対戦が代わることを一つの機会に、世界近づけるんだと、頂点に近づけるんだという、そういう方向を探りながら進んでいくこと、これが一番重要なテーマだと思います。