英仏選挙とヨーロッパ経済 NHKラジオ「先読み!夕方ニュース」
NHKラジオ「先読み!夕方ニュース」6月7日放送
解説:ニッセイ基礎研究所上席研究員・伊藤さゆり ;百瀬好通解説委員
百瀬:まずイギリスの総選挙ですが、これはメイ首相が議会を解散した結果なんですが、メイ首相を見ていると大変強気な印象を受けるのですが、その強気の決断の背景にはイギリス経済の好調さがあるんだと指摘する人もいます。
この点はどう見ていますか。
伊藤:私もメイ首相は大変強気だと思いました。
国民投票の後のいわゆる「離脱ショック」をうまく乗り切った実績をアピールして、これから始まるEUとの離脱交渉のために必要な議席基盤を築こうと狙ったんだと思います。
総選挙を決めた4月の時点では、メイ首相のリーダーシップが評価されて、野党労働党との支持率の差が大きく開いていましたし、経済も比較的堅調だった。
だからこそ、解散総選挙の絶好のタイミングと判断したんだと思います。
百瀬:当初は保守党が圧倒的に優勢だと見られていたんですけど、ここにきて予断を許さない状況になっているんですが、仮に保守党が過半数割れをした場合、今後の離脱交渉は大きく変化してしまうのでしょうか。
伊藤:イギリスの総選挙の結果によってEU側の離脱交渉に臨む姿勢が変わることはないと思います。
EU側はメイ首相からの離脱通知を受けて、EUとしての交渉のスタンスをすでに固めています。
EUの方は、イギリスに続く離脱国を出したくないという思いが非常に強いので、その基本方針というのは、たとえば離脱した国は加盟国と同等の権利は享受できないとか金融業だけのEUの単一市場参加は認めないといった、イギリスにとって非常に厳しいものになっています。
選挙の結果によってEUの姿勢は変わらないんですけど、イギリス国内におけるメイ首相の立場は変わってきます。
保守党の議席を解散前の333議席から大きく増やすことができれば、保守党内での求心力を高めることができます。
保守党は、EU離脱戦略をめぐって強硬派と穏健派が共存した状態になっています。
メイ首相が保守党を地滑り的な勝利に導くことができれば、両派をコントロールする能力高めることができます。
もちろん、圧倒的な多数を確保していれば、離脱に際してEUと締結する協定の国内議会での承認手続きなども円滑に進めることができるようになります。
逆に過半数を確保したといっても、議席を減らしてしまうということになると、メイ首相にとっては事実上の敗北ということになってしまいます。
まして過半数を割り込んでしまうということになると、EUと交渉するための体制を固めること自体も難しくなってしまうと思います。
アナウンサー:伊藤さんの説明を聞いていますと、イギリスにしてもEUにしても、原則的な立場を貫く厳しい交渉姿勢が目立ちますよね。
もし交渉が紛糾して経済ショックにつながるという危惧はないでしょうか。
伊藤:たとえば、2008年のリーマンショックのように世界的に金融システムの緊張が高まって世界経済のショックを引き起こす、というようなことはないと思います。
ただEUとイギリスの交渉がうまくまとまらなければ、イギリスを拠点にしてEUにビジネスを展開している企業にとっては、現在は必要ない貿易にかかわる関税の支払いですとか通関手続き、こういったものが離脱した1日目から必要になるということも可能性としては考えられます。
EUもイギリスも、イギリスとEUの間のビジネスに突然壁ができるようなことは避けたいという思いでは一致しています。
イギリスは包括的なFTA(自由貿易協定)の締結を望んでいるんですけど、これは実は離脱後に協議しなければいけないことになっているんです。
ただその間が空白になってしまうと困るので、EU側は新しいFTAが発行するまでの間つなぎ協定を締結して現状を維持してもいいと言っています。
ただこの協定を締結するのならば、その期間はイギリス政府にEUの法規制を受け入れろと、あるいはEUの予算への拠出をしなさいということを求める方向です。
メイ首相の方は、「悪い協定であれば協定なしの離脱の方がいい」ということを繰り返していますから、企業はつなぎ協定を結ばない、そして、FTAの方向も見えないという中途半端な状態になってしまうケースにも、備えなければいけないと思います。
百瀬:なかなか交渉の先行きを見通すのは難しいんですけど、少なくとも交渉は2年は続く長丁場といえると思います。
足元のイギリス経済を考えると、今は堅調な用なんですが、この先を見通した場合不安要素はないでしょうか。
伊藤:残念ながらここにきて離脱を選んだ影響と思われる景気減速の兆候が表れるようになってきています。
不安材料は様々あるんですけど、例えば今のイギリス経済にとって巡航速度の成長ペースは大体年率にして1%台後半といわれているんですけど、今年1-3月期は年率で0.7%程度まで失速しているということです。
原因は、国民投票の後景気を支えたといわれるポンド安なんです。
ポンド安は輸出には有利なんですけど、輸入には不利になって、輸入品の価格が値上がりしてしまいます。
4月のインフレ率が中央銀行の目標は2%ということだったんですが、これを大きく上回る2.6%まで上昇しています。
雇用の方は比較的堅調で、最近の失業率も4.6%ということですから、働く意欲のあるすべての人が、仕事についている完全雇用ということではあるんですけど、賃金の方は伸びが緩慢ということになっています。
ですので、足元は賃金の伸びよりもインフレの方が高い、実質的な所得が目減りしているということで景気の減速の原因になっています。
企業の投資の方もやはり趨勢的に勢いが鈍ってきているようです。
こちらはEU離脱をめぐる先行きの不透明感が原因ということですから、たとえば中央銀行がさらに金融緩和をしても効果は限られてしまうという悩みがあります。
百瀬:フランスの方の話をお聞きしたいんですが、フランスでは極右政党の候補者を破って大統領にマクロンさんが就任したんですけど、国民議会選挙で安定的な政権基盤を築けるかどうかが、今度のフランスの国民議会選挙の焦点なんですが、これはヨーロッパ経済にとってポジティブな効果を与えるんでしょうか。
伊藤:まず世論調査を見る限り、マクロン大統領率いる「共和国前進」が過半数獲得する可能性はかなり高そうです。
マクロン大統領就任後、すでに右派共和党のエドワール・フィリップ氏を首相とする内閣が発足しています。
この閣僚は男女同数、それから政治家と民間人も半々、さらに政治家の中では共和党とともに左派の社会党からも入閣をして、中道という看板通りの布陣になっています。
マクロン大統領は国民議会選挙で勝利した後も、おそらく共和党や社会党とも連携しながら公約の実現を目指すという方向になるだろうと思います。
イギリスがEUを離脱することを選んだあと、EUでは反EUの機運が勢いづくことへの懸念が非常に広がっていました。
その最中にマクロン氏が親EUを前面に打ち出して大統領選挙に勝利したことは、EUにとって非常にポジティブな効果があります。
マクロン大統領は、EUとくに圏内の格差が深刻な単一通貨を導入している国々、いわゆるユーロ圏の改革に意欲を示しています。
マクロン大統領が提案するのは、共通の財源をベースに成長のための投資や経済危機対策に活用するようなユーロ圏共通予算というもので、この点にはドイツはこれまで難色を示してきました。
ただドイツも今回のフランス大統領選挙で結果次第ではEUが立ち行かなくなる、というリスクを強く感じたと思います。
アメリカのトランプ大統領の自国第一主義も、ヨーロッパに結束を促す圧力となっています。
こうしたEU内のいわば緊張と、アメリカからの圧力を受けて、ドイツは今までよりもフランスのユーロ改革の提案に柔軟な姿勢で応じるのではないかと期待しています。
ドイツも今年9月に総選挙を予定しているんですけど、まずは二大政党がどういう政権公約を掲げるのかという点に注目しています。
百瀬:反EUですとか反移民の嵐がやや収まって、大きな政治的リスクも和らいでいると思うんですけど、今ヨーロッパではマイナス金利に代表されるような超金融緩和を実施していまして、それを見直してはどうかという議論も出始めてきました。
アメリカに続いてヨーロッパも金融政策を転換する、こういう方向に動き出すんでしょうか。
伊藤:ヨーロッパ中央銀行は、2年前にデフレリスク回避のための異次元緩和に踏み切りました。
今年3月には4年物の固定金利の資金供給を打ち切るといった一部の措置を見直し始めています。
デフレのリスクは去ったという判断があるんです。
たださらに踏み込んで、国債などを買い入れる量的緩和を打ち切るのか、あるいは政策金利の引き上げに動くのかということになると、少なくとも今年中はないと思います。
ユーロを導入する国々全体で見れば、経済は随分良くなっていることは事実なんですけれど、国ごとにかなりの差があります。
イタリアのように銀行の不良債権問題と高い失業率に悩まされている国もありますので、こうした弱い国ほど金融政策の変更の影響を受けやすいという問題があります。
今週、ヨーロッパ中央銀行は、金融政策を協議する会合を開催しますけれど、近い将来の政策変更を予想させるようなメッセージを発することはないのではないかと思います。
アナウンサー:イギリスの総選挙は、下院650議席をめぐって争われますが、投票は日本時間で8日午後3時に始まって、ほとんどの選挙区で即日開票されます。