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赤ちゃんポスト10年 望まれぬ命救う取り組みの課題は NHKラジオ「先読み!夕方ニュース」

NHKラジオ「先読み!夕方ニュース」5月9日放送

解説:慈恵病院理事長・蓮田太二

   千葉経済大学短期大学部准教授・柏木恭典

 

アナウンサー:様々な事情で母親が生んだばかりの赤ちゃんを捨てたり放置したり、あるいは殺害してしまうケースがあります。

厚生労働省の調査では、過去10年全国で年間に100件前後が確認されています。

こうした赤ちゃんの命をなんとか救おうと、母親が自分の名前や顔を伏せたまま生まれた赤ちゃんを病院に託すシステム、いわゆる「赤ちゃんポスト」が、平成19年5月に日本で初めて熊本市の病院に設けられてから10年になります。

 

これまで数多くの赤ちゃんの命を救ってきた一方で、当初は「安易に赤ちゃんを捨てる無責任な母親を増やすことになるのではないか」という強い批判もありました。

10年たったいま、「赤ちゃんポスト」はどんな課題を抱えているのか、生まれた命を救うために社会に求められるものはなんなのか、考えていきます。

 

このいわゆる「赤ちゃんポスト」、熊本では「コウノトリのゆりかご」と名付けられています。

今日は設立者である熊本市の慈恵病院の理事長蓮田太二さんにうかがいます。

 

10年前にこの施設を設立されたときですけれど、意見が分かれて議論になりました。

10年間続けてきて、今はどういうふうに感じていらっしゃいますか。

 

蓮田:いろんな批判が強かったですけど、10年間で125人の赤ちゃんの命を受け入れました。

受け入れる時に、赤ちゃんの姿・無事な姿を見る時には本当にうれしいんです。

ほっとします。

よく預けてくださったという思いが強くあります。

 

アナウンサー:当初は批判もありましたけど、10年間続けてきてよかったと思われるのが今のお考えということですか。

 

蓮田:そうですね。

始める時には考えたんですけど、やはりやってよかったな、本当に意義があったと私たちは、私ひとりじゃなくてスタッフ一同考えております。

 

アナウンサー:この「赤ちゃんポスト」の仕組みを説明させていただきます。

熊本の慈恵病院の「赤ちゃんポスト」は病院の外側の壁に赤ちゃんを入れる小さなドアが設置されています。

そこに母親などが様々な事情で育てられない赤ちゃんを入れるというかたちになるんですが、二つの扉がありまして、一つには親に宛てた手紙が置かれているんです。

その奥の扉に赤ちゃんを入れて閉めると鍵がかかって再び開けることはできません。

この時、赤ちゃんを連れてきた人、多くは母親ですけど、その姿は病院の中からは一切見えません。

親の匿名性を厳しく守るのは生まれた赤ちゃんを遺棄したり殺害したりしてしまう大きな理由の一つが、家族や世間などに決して知られたくないということであるためなんです。

病院内には24時間専門の医師が待機していて、直ちに赤ちゃんの命を守るための行動を起こすということになっています。

蓮田さん、育てられないというのには様々な事情があると思うんですけど、実際に熊本で受け入れた125人以上の赤ちゃんの場合は、母親のどういう事情があったのか分かりますか。

 

蓮田:私たちに事前に電話で相談された方もいます。

そして預け入れになったというケース、それから預け入れた後で扉の前から立ち去ることができずに佇んでいたり、涙を流していたりする人たちがいます。

そういう人たちに私たちは声をかけて、「何か話したいことはありませんか」ということを聴きます。

そうしますと事情をいろいろ話します。

なかで、やはり貧困、それからパートナーが出産前に逃げてしまった、そういう事情が非常に残念なんですけど、残念というか悲しいんですけどあります。

それからもうひとつは、若年の妊娠です。

まだ10歳代で育てられなくて預け入れるということもあります。

 

アナウンサー:私ども、この赤ちゃんポストの熊本のデータを見てみたんですけど、赤ちゃんを預けた理由、複数回答ですけども、「生活の困窮」と答えた人は32件、「未婚の出産」は27件、「世間体が気になる」「戸籍に入れたくない」24件ということなんですけど、これを見ると、この10年を振り返ると、安易な育児放棄というわけではなくてやむなくという方が多いようですね。

 

蓮田:確かにそうなんです。

安易な、どうしてと思うこともないではありません。

しかし、そういうのは極めてまれなんです。

誰にも相談できなくて追いつめられた事情で預けに来るというのが実情だと思います。

 

アナウンサー:産んだ子供を自分で育てられないという背景には、社会の部分で何か足りないものがあるのではないかという話が感じられるんですが、具体的にどういった悩みを持っていらっしゃるのか、何か相談内容などから読み取ることはできますか。

 

蓮田:全国にたくさん相談できるところができましたけど、まだまだ足りないと思いますし、周知されていない、そして相談者に寄り添った相談というものの充実、それと子供を育てるための支援というものが必要だと思います。

 

アナウンサー:子供を妊娠して、自分で育てられない親御さんがどういう状況に置かれているのか具体的な姿が知りたいんですが、苦悩とか悩み、具体的なお話を伺いたいんですが。

蓮田さんの印象に残っている方はいらっしゃいますか。

 

蓮田:まず経済的な問題ですね。

他にも子供が何人もいて、しかも夫も病身で働くことができない。

そういう中で妊娠し出産に至ってしまったというケースとか、出産前に相手の男が逃げてしまったとか、そういうケースもありました。

本当に途方に暮れてしまうんです。

突然のことで。

もちろん、貧困の方の場合は、悩みに悩んだあげく預けに来られるということなんです。

 

アナウンサー:蓮田さん:受け入れた125人、その子供たちはその後どんなふうに育ってるんですか。

 

蓮田:預け入れた赤ちゃんたちは、すべて児童相談所が連れて帰ります。

そして、児童相談所がその後の子供たちの行く末を決定するんです。

病院は全然関わることができないんです。

私たちは、子どもたちの幸せを願って、戸籍に実施として入れる特別養子縁組、これが親子の関係がずっと続きますので、これをお願いしているんですけど、なかなかすべての児童相談所でやっていただけるとは限りません。

そういうことに取り組まない、取り組んだ経験がないというところが各地にあるもんですから、それが私たちの大きな悩みの種なんです。

 

アナウンサー:そうすると病院では、子どもたちがどんな風な環境でどんなふうに育っているかというのは、よく分からないということですか。

 

蓮田:わからないです。

ごく一部は分かっていますけど、それは極めて少ない数で、ほとんどが分かりません。

それが非常に私たちの心配・不安なんです。

 

アナウンサー:子供たちが幸せに育ってくれているといいなと思うんですけど、ひとつとても気がかりなのは、子どもが親のことを聞いた時、なんて答えるんだろうという気がするんですが、その辺はどうですか。

 

蓮田:子どもが幸せな思いで育っていきますと、育っていく過程で、親が子どもに少しずつ話をして聞かせるんですね。

「あなたを産んだ親は別のところにいるんだ」ということを少しずつ少しずつ話していって、そして子どもをしっかり愛していると、本当の親子のつながりができてきますから、そういう点で、子どもは親が分からないという痛みが軽くなるんではないかと思います。

私どもは子どもさんたちが尋ねて来た時にはいつでもそれに応えられるような、すべての記録を病院に保管しております。

その時の事情をよく話をしたいと思っています。

 

アナウンサー:ここからはもう一人ゲストをお迎えしています。

海外の赤ちゃんポストの事情などに詳しい千葉経済大学短期大学部の准教授・柏木恭典さんです。

柏木さん、このいわゆる「赤ちゃんポスト」ですが、日本の赤ちゃんポストの役割についてはどういうふうにお考えですか。

 

柏木:まず虐待の問題がずっと話題になっていると思うんですが、厚生労働省のデータを見ると、0歳児が圧倒的に多いんですね。

その中でも0歳0か月0日の赤ちゃんがなくなっているということがあって、そのことを考えると、そういう生まれたばかりの赤ちゃんの命をとにかく救うと守ると、それが一番の大きな役割だと思います。

 

アナウンサー:それはどういう理由で亡くなっているというのは分かりますか。

 

柏木:いろんな理由は、先ほど蓮田さんもお話くださったと思うんですけど、妊娠の直前直後が一番お母さんにとって負担が大きい、しかもそれが望まない妊娠や、複雑な事情を抱えたお母さんの場合だとその時にパニックを起こしてしまう、そしてそのパニックを起こしているときに非常時的な手段として赤ちゃんポストを使っていただくというのが僕の理解です。

 

アナウンサー:いま日本においては必要なものだとお考えでしょうか。

 

柏木:そうですね。

125人という数字がありますが、ドイツの赤ちゃんポストの現状を見ても、決して少なくない多い数だと思います。

 

アナウンサー:海外の赤ちゃんポストもあるんですね。

 

柏木:はい。

 

アナウンサー:海外はどのくらいあるんですか。

 

柏木:ドイツで生まれたものなんですが、ドイツでは約100か所です。

そのほかのオーストリア15か所ぐらい、それからスイス、イタリア、チェコポーランドなどにあって、韓国にできています。

 

アナウンサー:それだけ広がっていった背景というか理由はどういうことなんでしょうか。

 

柏木:いろんな理由があると思うんですけど、ひとつには妊娠に悩むお母さんの存在に光が当たったというのが一番大きいことだと思います。

妊娠葛藤というんですけど、中絶するのか出産するのかという葛藤に寄り添うというのがヨーロッパでは20年ぐらいあって、妊娠の葛藤に寄り添うというところから生まれて来たものだと思います。

 

アナウンサー:その葛藤は何から生まれるんですか。

産んだ後も育てられないという不安、それとも経済的な理由、いろいろありますが。

 

柏木:本当にいろんな複雑な理由があって、産みたい気持ちはある、だけど産んでも先が見えない、パートナーが消えた、いなくなった、あるいは誰は分からない人の子どもだった、そうした時に産みたいけど、ヨーロッパは中絶を基本的にあまり良しとしない文化がキリスト教国ではありますので、中絶に対してすごく抵抗感がある、日本とはそこが違うところで、なので葛藤することがすごく多い。

だけどそれは日本でも同じで、産みたいけどおろしたい、降ろさなきゃいけない、そういう葛藤です。

 

アナウンサー:前半で熊本の赤ちゃんポストの話を聞いた時、やみくもに子育て放棄で預けているわけではなくて、やむなき事情によって子どもを置いていく親が多いというふうに蓮田さんがおっしゃっていた。

つまり、赤ちゃんポストに赤ちゃんが入れられるというのは、育てられないような社会的な背景をちゃんと見ないといけないんじゃないかなと感じたんですが、どうでしょうか。

 

柏木:社会的な背景もあるんですけど、すごく細かい話なんです。

多問題家族とよく言われるんですが、多問題なんです。

ひとつの問題を解決したら産めるという話ではなくて、いろんな状況が重なっている。

たとえば、精神障害を持っている、かつ貧困、かつ親がいないというような複雑な要素がからんでいて、だからここをこうしたら産めるというようなレベルの人はいないと僕はいろいろと研究している中で見えて来ています。

 

アナウンサー:そういった子どもたちの命をどうやって救っていくのかということを考えるうえで、たとえばドイツなどは先行事例としていろいろな反省点の下にシステムを作ったと思いますが、学べる部分は何かありますか。

ドイツで導入していて日本でも導入したらいい点はありますか。

 

柏木:日本には赤ちゃんポストしか方法がないんですけど、ドイツでは匿名出産・内密出産・赤ちゃんポストと三つの選択肢があります。

赤ちゃんポストの大きな問題点が、自宅出産・車中出産みたいなものを防げない。

だからその前の段階で、名前は言わなくていいから病院に来てください、そしてその病院でとにかく生んでください、あなたの名前は聞きませんというものが匿名出産といって2000年に行われたんですね。

だけど、そこには先ほどお話が出ていましたけど、出自の問題、親を知れないという問題があるので、親を知らないということは赤ちゃんポストも匿名出産も大きな問題がある。

そこでドイツ人たちはすごく議論をしたんです。

それでどうしたらお母さんの匿名性を求める声と出自を知るということの両方を実現できるかということで、内密出産という新しい方法を作り、秘密裏の出産と言ってるんですけど、秘密なのは16年間お母さんの身元は伏せておきます、でも子どもが16歳になった時に自分の親の名前を知ることができるような出産の方法です。

これをドイツは法制化して、事実上無料で内密出産できるようになったんです。

これはひとつ大きな進歩だったと思います。

 

アナウンサー:蓮田さん、今柏木さんにお話しいただいたドイツの例ですけど、出産の前から相談を受けて、出産後16歳になった時に実の両親の情報を開示するというドイツの仕組みがありますね。

日本のこれからの赤ちゃんポストの仕組みに関してはどういうふうにお考えですか。

 

蓮田:内密出産というのが、日本でもできるようになったら、非常に素晴らしいことだと思います。

私たちの所も自宅出産で預けに来る人たちがいまして、母親がひどい貧血になっているケースもあったりして、やはり心配します。

ですから法制化されたら、日本でもそういう方法ができるのではないかと思います。

 

アナウンサー:いまもたくさん相談が寄せられているんですよね。

 

蓮田:そうなんです。

年々相談が多くなりまして、そして深刻な相談が数が増えています。

なかには、赤ちゃんが生まれる間際になっても、私たちが救急車で病院に行ってくださいと言っても、行こうとしない方もあります。

赤ちゃんがもう見えてきましたっていう電話があります時に私たちは非常に心配するんです。

救急車呼びますよと言いますと、「知られるぐらいなら死にます」って叫ぶんです。

そういうふうに、人に知られたくないという思いが強くあるんです。

年間6500件超すようになりましたもんですから、これは対応がなかなか大変です。

 

アナウンサー:今後もそういう人たちに寄り添って、少しでも救える命を増やしていくためには、そういう相談に力を入れることが大切なんでしょうか。

 

蓮田:そうです。

そして、みなさんが私たちのところに電話をしたら、相談したら、救われるんだということを広く知っていただく。

これが大事なことだと思います。

 

アナウンサー:柏木先生にうかがいたいんですが、産まれてから、産まれる直前の母体の安全も含めてドイツでは考え始めているということですが、それよりも前、望まぬ出産を防ぐための術といいますか、そのあたりはどう考えていけばいいでしょうか。

 

柏木:これはドイツでもさんざん議論があるんですが、防ぐということは難しい。

性教育の段階でそういうことをしっかりと教えていくということは大事なんですが、それでもやはり起こってしまうのが妊娠の問題とすれば、誰にも相談ができない、それで赤ちゃんを殺してしまうケースが多々報告されているので、やはりそこをお母さんの立場に立って、誰にも言えない妊娠、性的な問題はタブーなので言えないことはある、そこに私たちは寄り添ってできることをやっていく。

それは赤ちゃんポストコウノトリのゆりかごだけではなくてもいいし、もちろんこれが大きな役割を果たすにしても、いろんなことを僕たちは考えていかなくてはいけないと思っています。

 

アナウンサー:今日は、様々な事情から望まない妊娠をしてしまった産まれたばかりの赤ちゃんを受け入れる、いわゆる「赤ちゃんポスト」と呼ばれる施設について、10年前に日本で初めてこの施設を設けた熊本市の慈恵病院の理事長・蓮田さん、そして千葉経済大学短期大学部准教授の柏木先生に伺いました。