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パックスアメリカーナの終焉 NHKマイあさラジオ「社会の見方・私の視点」

NHKマイあさラジオ「社会の見方・私の視点」6月7日放送

解説:慶應義塾大学教授・渡辺靖

 

キャスター:パックスアメリーカナという言葉、これはアメリカによる世界平和の維持を意味するラテン語です。

それが転じて、アメリカの覇権という意味でつかわれてきた経緯があります。

ところが、そのアメリカの力は核兵器を含む軍事力だけでなく、貿易・金融・地球温暖化対策など様々な局面で影響力を失ってきているように映ります。

アメリカの状況を渡辺さんはどう見ていらっしゃるでしょう。

 

渡辺:先日トランプ大統領がヨーロッパでG7NATOの会合に参加しましたけど、そこでは難民の受け入れから安全保障の集団防衛に至るまでヨーロッパでの足並みの乱れが目立った格好になったと思います。

加えて、先週は気候変動に関するパリ協定からの離脱を表明し、さらに就任直後にはTPPからの離脱も表明していました。

第二次世界大戦後、冷戦の時代も含めて、アメリカというのは多国間のルール作りとか枠組み作りをリードすることで存在感を示してきたわけですけど、今やそれがヨーロッパとの間にすきま風が吹いて、代わりに中国が気候変動対策とかあるいは巨大なインフラ整備を目指す一帯一路構想ですとか、自由貿易の維持などで存在感を示すようになってきていると思います。

以前からアメリカが衰退しているという話があるわけですけど、いよいよ実際の政策からも、それが感じられるようになった気がしています。

 

キャスター:G7というのは先進国の協調の場ではありますけど、そこでアメリカは価値観を共有してきたわけではなかったんでしょうか。

 

渡辺:これまではそうだったわけですけど、たとえばG7の会合で自由貿易に対してアメリカのトランプ大統領が必ずしも前向きな姿勢を示さなかったということです。

それから、難民の受け入れとか気候変動などに関して、ずいぶんヨーロッパとの足並みの乱れが目立ったと思います。

 

キャスター:なぜアメリカはこれまでの国際社会の秩序を乱すような行動をとるようになったんでしょうか。

 

渡辺:やはりトランプ大統領のキーワードでもある「アメリカファースト」という考えが根底にあるんだと思います。

その「アメリカファースト」の考えというのは、端的に言えば、アメリカはこれまで世界のために一方的に負担ばかりしてきた。

アメリカは、既存の国際秩序の犠牲者であるという考えなんです。

実際、そのメッセージに共鳴した有権者の熱烈な支持を受けてトランプ大統領が当選できたわけです。

ですので、この層をつなぎとめておかなければトランプ大統領の再選はおぼつかないので、国際秩序を乱すかのような行動もいとわないのではないかと思います。

特に、トランプ政権が発足して4か月半経ちますけど、実際はあまり大きな成果を残せていないので、このあたりで公約を実現しておく必要があるんじゃないかなと判断したんではないかと思います。

 

キャスター:具体的には、国内経済を最優先させるということで、今回のG7の後に表明されました、パリ協定離脱というのがあるわけですね。

 

渡辺:そうですね。

 

キャスター:こうしたものを取るアメリカの内部の空気というか背景が何かありそうですね。

 

渡辺:国際政治の舞台では、よく「パワーシフト」という表現で語られことが多いんですうが、権力の中心がアメリカから中国とか他の新興国にシフトしてきている、より分散している。

その結果、アメリカの影響力が相対的に低下しているということです。

ですので、アメリカが世界のあらゆる場所へ出かけて行って、問題を解決する世界の警察のような役割はもはや担えないということはオバマ大統領も述べていたわけです。

ところがオバマ大統領は、それでも多国間のルール作りや枠組み作りには積極的だったわけです。

それこそがアメリカの国益にとってプラスになると考えていたからです。

ところがトランプ大統領は、それすらもアメリカにとっての負担であるないし足かせであるというふうに考えているんだと思います。

 

キャスター:何か国内を向いている、内向きの理論のような気がしますけれども。

 

渡辺:アメリカ国内の社会的な要因としては、格差の拡大つまりミドルクラス・中間層の縮小という問題があると思います。

中間層というのは、アメリカ民主主義の布石とされてきたわけですけど、今や格差拡大とともに、中間層が縮小して、その結果社会全体が余裕をなくして、孤立主義的といいますか自国第一主義を助長しやすいような環境になっているんだと思います。

 

キャスター:結果アメリカの力が世界の中で相対的に落ちる、アメリカの影響力が弱まることで、国際社会は今後どうなっていくでしょう。

 

渡辺:国際政治パワーをめぐる争いでもあるわけですから、アメリカが身を引いた分いわゆる「力の空白」が生じて、そこにロシアとか中国などの非民主主義国の力が相対的に増す可能性があると思います。

そうすると、自由主義ですとか法の支配あるいは民主主義に立脚してきた戦後の国際秩序が脅かされる可能性があります。

その意味で、トランプ政権になって、アメリカとともに戦後の国際秩序を支えてきたヨーロッパとの関係が悪化しているというのは大きな不安材料かと思います。

 

キャスター:では日本の立場、今後日本はどのような立ち位置で振る舞うべきなんでしょうか。

あるいは、アメリカの同盟国として、どう行動すべきでしょうか。

 

渡辺:日本は、まさに戦後の国際秩序の恩恵を受けて、その中で発展してきたわけです。幸い、日本はいまでも世界3位の経済大国ですし、人口も1億人以上で、民主主義国でもあると、政治的にも、国内の賛否はいろいろあると思いますけど、総じて安定していて、社会的にも、国内ではいろいろな現実があるわけですが、それでも他国と比較すれば、総じて安定しています。

しかも世界の成長センターといわれている東アジアに位置している、アメリカにとっては最も緊密な同盟国であるというわけですから、確かに安全保障でアメリカに依存している面はあるわけですけど、それでも重要な同盟国として、アメリカを説得して、アメリカをアジアにあるいは世界に関与させ続けるよう働きかけていく必要があるんじゃないかと思います。

 

キャスター:その理由は何でしょうか。

アジアには、アメリカの力が必要不可欠なんでしょうか。

 

渡辺:世界的に見ると、アジアというのは、非民主主義国があったり、あるいは軍事的な対立と挑発を繰り返している国もあってですね、非常に経済的には成長センターではありながらも、安全保障の面では不安要素を抱えている地域でもあるので、アメリカの関与がまだ当分は必要ではないかと考えます。

 

キャスター:応分の負担というのもありますけど、それはこれまで通りアメリカの同盟国として立ち位置を持っておいた方がいいということでしょうか。

 

渡辺:アメリカとの同盟関係以外に、より良い選択肢があれば、それは考え直すべきだと思いますが、それは日本が完全に自主防衛することなのか、あるいはアメリカとの同盟関係をやめて中国と同盟関係を結ぶことなのか、いろんなオプションを考えると、やはり現時点ではアメリカとの同盟関係が日本にとって一番合理的な選択肢なのではないかと思う人が多いと思います。