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あるべき道徳教育を考える NHKラジオ「先読み!夕方ニュース」

NHKラジオ「先読み!夕方ニュース」5月24日放送

解説:早川信夫解説委員

 

キャスター:来年4月から小学校の道徳教育が大きく変わります。

その道徳の授業で使われる教科書が6月1日から東京はじめ全国7カ所で公開されるほか、16日から29日にかけて各都道府県でも公開されることになっています。

これまで道徳は正式な教科ではありませんで、教科外の活動の扱いで、教科書もなく、成績をつけることもありませんでした。

しかし、全国で深刻ないじめの問題が相次いだことなどから、来年4月から教科になり、教科書と成績評価が導入されることになりました。

まず、来年4月から小学校で道徳教育が教科になるということは、どういう理由なんでしょうか。

 

早川:大きく二つの流れがあるんですけど、ひとつは前後ずっと続いてきた論争の結果ということです。

もうひとつは、いじめ事件に対する対応ということなんです。

ひとつめの道徳教育に対する批判というのは、昭和33年に道徳の時間がつくられて以来、ずっと続いてきたものなんです。

とりわけ、保守派の一部から充実を求める声が上がっていまして、学習指導要領改訂のたびに、充実、充実と来てここで教科化となったわけです。

それは道徳教育が形骸化していて、NHKの教育テレビの「道徳の時間」のビデオを見せておしまいとか、あるいは副教材である読み物を読んでおしまいとかいうことがあって、道徳ってつまんないものだと言われている。

そういう中で、規律を徹底的に教え込む必要があるんだという考え方の人たちから、道徳教育を充実する声がずっと続いていたということです。

そうした中で、2011年、6年前に大津のいじめ事件、中学校2年生の子がいじめを苦に自殺するという事件がありましたけれども、加害者は自殺の練習までさせていたというような衝撃的な事件でした。

そこでもやはり子供達にルールをためらわずに教える必要があるという声が上がって、結局いじめの未然防止策のひとつとして、安倍総理直属の教育再生実行会議が提言し、これを受けて、文部科学省の専門家会議が必修化すべきだ、教科化すべきだとなってきた経緯があります。

 

キャスター:今回の大きな変化となるわけですけど、どういうところを注目しますか。

 

早川:教科書ができるということですね。

これまでの道徳教育でも、教科書のようなものを使っていたじゃないかと思うかもしれませんが、あれは副教材といいまして、民間の業者が作ったものを先生たちが自由に使っていたんですね。

だから、教材のどの部分をどう使うかは現場に任されていました。

ですけど、今回は教科書ですから、教科書検定をして、検定によってできた教科書が、来年の4月から使われることになります。

検定の中身が色々と話題になったんですけど、たとえば、こうした教科書ができることで、一番問題になるのは、特定の型にはめてしまうんじゃないかという懸念です。

 

キャスター:具体的に型を押し付ける教科書というのはどんなものがあるんですか。

 

早川:型というのかどうかわかりませんが、ひとつは検定で浮かび上がったことですけど、1年生の教材で「日曜日の散歩道」という話が出てるんですけど、日曜日におじいさんと散歩に出かけた少年が普段と違った道を歩いて地元の良さを発見するという内容なんですけど、その際にパン屋の前を通ったくだりに意見がついて、学習指導要領上は道徳について、我が国の郷土の文化と生活に親しみ愛着を持つこと、とされているので、単に身の回りのことを取り上げて、郷土に愛着を持つということだけでは、伝統的な文化や生活に親しんだことにならないということで、意見がついたんです。

どう直せこう直せということは、別に検定の意見の中では言われないんですけど、教科書会社の判断でパン屋が和菓子屋に変わった、店先に伝統的な和菓子が並んでいる描写が加わることで、伝統文化に配慮したということになったということです。

それから、「おさるのルッペ」という話があるんですけど、これ1年生の教科書なんですけど、朝寝坊で忘れ物をしたりするという生活習慣が身についていない擬人化されたおさるのルッペが、しでかす困ったことの数々を紹介しているんですけど、その中で、結局ルッペのように困ったことにならないようにするために、どうしたらいいか話し合ってみましょうというような設問があるんですね。

これは、一見困った子をなんとかしようということで、問いかけとしてどこがおかしいの?というふうに思う方もいらっしゃるかもしれませんが、その子の背景にある事情、たとえば発達障害であるとか家庭的な貧困状態にあるといったことがわすれられていて、規律だけが強調されてしまうと、逆に差別につながってしまうんじゃないか、という心配も出てきてしまうわけです。

特に、今回の教科書は6月から公開されるんですけど、ページ数が非常に多くて、この多いページ数を年間35時間でこなしていかなくてはいけないという、これまででしたらどの部分をどう教えても学校の先生の裁量だったんですけど、教科書である以上は教科書は最小限の教材として使わざるを得ない、どこも満遍なく使うと、そうするとこの1時間の授業の間に発達障害まで配慮した授業まで先生が及ぶか、そういうことも問題になってくるわけです。

 

キャスター:おさるのルッペの例でいうと、手に負えないキャラクターがいたとします。

それが迷惑をかけない方向でどう考えましょうかといったときに、時間がなければ、人に迷惑をかけてはいけませんという結論だけがいってしまう。

その背景を考えるのが本当の道徳なんだけど、そこに達しないという危惧があるということですね。

 

早川:現場も忙しいですから、限られた時間でどこまで教えるか、なかなか先生の力量でそこまで及ぶかどうかというのは難しいことですよね。

 

キャスター:型を押し付ける教科書、他にはどんな例がありますか。

 

早川:お辞儀の仕方というのがあるんですけど、正しい挨拶の仕方というのが載ってるんですね。

これは、角度とかが、この角度はどういう時と形から入っていくんですね。

で、悪い挨拶の仕方が書いてあるんですけど、そうすると、これも今のことと似ているんですけど、そのお辞儀をできる子にとっては何の問題もないんですけど、学校の中にはごく稀ですけど、できないこというのはいるわけです。

障害があることによって。

そいう子達が、できないということで、みんなができるのに何でやらないんだというふうになってしまうと、非常に困難なことになってしまうんじゃないか。

私は、少年院で取材したことがあるんですけど、少年院に送られてくる子ども達の中には、「気を付け」とか「休め」という姿勢がうまくできない子がいるんです。

これは、本人は自分ではできているつもりなんです。

だけど人から見ると、これが気を付けに見えないというようなことが起きてしまうんです。

そうした人たちは学校の現場でいじめられたりとか、先生から理解されないということで、ドロップアウトしてしまうようなこともごくごく稀にですが起きているんです。

 

キャスター:本来であればお辞儀の気持ちがそうした姿勢を生み出すという順番で考えるべきですよね。

でもそうじゃなくて、まず形から入っていって、そうしなさいと教えなかった場合は、そうできなかったことがいじめの対象になってしまう。

 

早川:それも必修で教科書で教えるわけですから。

 

キャスター:十分な時間があれば、その背景までできるかもしれませんが、ちょっと心配ですね。

 

早川:これまでの道徳教育というのは、必修化される前は、どう教えていいかわからないという先生も大変多くて、形骸化しているという指摘にもなったんですけど、熱心に道徳教育に取り組んできた先生方は、むしろ自由にそういったことを自分たちで研究して組み立ててやってたんです。

それが、必修化されて教科書になってきますと、その枠からなかなかはみ出せなくなってくるという感じがあると思います。

 

キャスター:もう一点、道徳が成績として評価されるようになるわけですよね。

これはどんなことをになりますか。

 

早川:これが非常に難しいところなんですけど、今回の教科書を見てすごく驚いたんですけど、結論が書いてあるんです。

議論する道徳ということが大きなテーマなんですね。

考える道徳、議論する道徳、にしようということが学習指導要領に書いてあって、そこが新しくなってくる部分なんですけど、考えたり議論をするといっても、結論がはっきりしている。

つまり、たとえば有名なところですと、「金の斧・銀の斧」ってあるんですけど、これなんか正直な心でというふうなタイトルがふってあったりして、最後の方に正直な心で話したらどんな気持ちになるかなと問いかけてるんです。

結論があるんです、先に。

そうすると、それに対して子ども達はどう考えたとしても、結果は一緒ということですよね。

そうすると、先生が求める答えというのに、子ども達がいわば忖度するということを子供のうちから身につけちゃうような、面従腹背という言葉がありますけど、表はきちんと聴いているようだけど、お腹の中では本当に思っているかどうかわからないということです。

そうした本音と建て前を使い分ける子どもができちゃうんじゃないかという点が心配です。

 

キャスター:道徳はいろんな意見があってしかるべきで、これから画一的な子どもが量産されないか心配ですね。

評価の部分で答えが出ていると、そこに従っておけばいいやとなってしまうかもしれないですね。

 

早川:そうなりかねないです。

 

キャスター:どうしていったらいいですか。

 

早川:私は、むしろ現場の先生方が子どもの気づきということを大切にしてほしいと思います。

子ども達の抱える現状は、一人一人によって全く違います。

そうした子どもたちの現状に即して、どうやったらいいのかということを、考えると。

それはひとつの価値観を押し付けるんじゃなくて、こんなに世の中には色々な考え方があるよということを理解してもらうということが工夫すべき点じゃないかなと思います。

ただ今の先生方は多忙化って言われていますよね。

先日教員の勤務実態調査が発表になったんですけど、授業にかける時間が増えてるんですけど、一方で生徒指導にかける時間は減ってるんですよね。

生徒と向き合う時間が減ってるということもあるので、そうした先生が子ども達と向き合う時間をできるだけ取れるように工夫を、これは行政の責任として考えて、道徳教育をするのならそういう配慮が必要なんじゃないかなと思います。

 

キャスター:これからの道徳教育の教科書は実際に我々も着ることができるんですかね。

 

早川:はい。6月1日から、文部科学省はじめ全国7カ所で順次公開になっていきます。

都道府県ごとにも公開されますので、そうしたところを見て、どの教科書が現場で使うのがいいのかを大いに議論してほしいと思います。