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新専門医制度の課題 NHKマイあさラジオ「社会の見方・私の視点」

NHKマイあさラジオ「社会の見方・私の視点」6月9日放送

解説:星槎大学 客員教授・上昌広

 

キャスター:医師の専門性を統一した基準で認定する新しい専門医制度について、来年4月の導入に向けて、準備が進められていますけど、そもそもこの専門医とはどういうことを指すんでしょう。

 

上:内科や外科のような専門性のある診療について、技術を身につけているかどうか評価する資格のことです。

これまでは、内科学会や外科学会などの各団体が独自の基準でやってきました。

その際には、何例患者さんを診たか、あるいは学会でどれだけ発表したか、こういうことが参考になりました。

ところが、これでは質にばらつきがあるのではないかということが問題視されまして、その見直しが進められています。

 

キャスター:学会ごと、分野ごとでの質のばらつきということですね。

 

上:学会が医学の高度化によって細分化されたんです。

消化器の中には内視鏡の学会もあれば、治療をする学会、外科の学会もあると。

100以上になりました。

そういうものの質の統一、ある程度の基準ということで、第3者機関を設立して、認定基準の質を担保しようという動きが始まりました。

 

キャスター:質を統一するというのは非常にいいことだと思うんですけど、ただこの専門医制度、当初は今年の4月からの予定でしたけど、1年間繰り延べになりました。

 

上:様々な方から批判・反対がでました。

たとえば、全国市長会がこの制度を進めれば、地域医療が崩壊すると反対しました。

実は学会というのは、基本的に大学教授の集まりなんです。

内科学会、外科学会のすべての理事は現職あるいは過去の大学教授なんです。

大学教授は、自分のところへできるだけ若い人を置きたいという動機があります。

その結果、すべての県で一番医師が集まるのが大学病院の地元なんです。

この制度では、大学で研修しないと、専門医を取れないということになりました。

その結果、地方の医師がいなくなって、大学に集まってしまう。

こういう危惧がでました。

 

キャスター:医科大学がないところには、医学を勉強しようとする学生が集まらない、研修に行かないということですね。

 

上:この制度が施行されると、地方で働いている医師が、専門医を取るためにわざわざ県庁所在地の大学病院で勤務しなければいけなくなるんです。

地方で働いている医師の中には、プライマリーケアをやりたい、地域医療をやりたいと考えている医師も多々います。

 

キャスター:総合医といわれるものですね。

 

上:そういう方の多くは、大学病院というのは高度専門医療・先進医療をやっていると、それも大切だけど、地域医療したいという方が、無理矢理高度医療を学なねばならなくなったんです。

ここに批判が集まりました。

さらに、女性の医師からも反対が集まりました。

大学病院の勤務というのは、通常週4日の非常勤勤務なんです。

日雇いの1年更新なんです。

そうしますと、妊娠・出産した場合、契約が更新されるかされないか、これは大学側の意向で決まります。

常勤の医師として民間病院あるいは市民病院などに勤めていると労働者としての権利が担保されます。

さらに、内科学会や外科学会から新しい仕組みでは、一通りすべての科、たとえば消化器内科・循環器内科などを回ることになったんです。

専門医の資格を取るのが、早くて30代の前半、それだと出産するのがかなり遅くなります。

女性の医師の中にはキャリアを優先するか、生活を優先するか、子育てをするか、その判断が出来なくなったんです。

こういうことから女医さんからも多々の反対がありました。

 

キャスター:この認定基準を定めたのは、日本専門医機構というところですけど、そういった批判にはこの日本専門医機構は答えているんでしょうか。

 

上:難しいところです。

大勢の方から批判が集まり、塩崎厚生労働大臣も、国会で見直しを要望すると明らかにされました。

現時点では、新しい方向性はまだ明らかになっていません。

ただ、施行の時期は延長されました。

研修課程で専門医を取るためには大学病院にいなければならない、こういうものが免除されるかどうかはまだ明らかになっていません。

 

キャスター:そもそもこの新しい専門医の認定というのは、すべての医師がとる必要はあるんでしょうか。

 

上:私は全くないと思います。

専門医というものの考え方がそもそも変わってきたんです。

昔は、高度な医療を提供できる医師が求められました。

ところが今は、地方で高齢者を相手にプライマリーケアをする医師のニーズが高まっています。

そういう意味では新しい専門医の養成に大学病院はそもそも向いていないんです。

ですから、専門医の養成の仕方をそのものから変えて行かなければならないと思います。

 

キャスター:専門医制度をめぐっては、4月全国市長会が国民不在の新専門医制度危惧し、拙速に進めることに反対する緊急要望を厚生労働大臣あてに提出しました。

これについてどうお考えですか。

 

上:私は貴重な意見だと思っています。

医療という仕組みは社会が中心です。

市民・国民が中心です。

その中で、お医者さんというのは一つの役割を担う役者に過ぎないんです。

まして、大学教授はその中のごく一部です。

ところが、専門医制度の養成の仕組みで、もっぱら議論したのは、学会という大学の教授たちだけだったんです。

彼らには地域医療のことが十分にわかりませんし、その責任も負えません。

ですから、彼らだけの議論であるんじゃなくて、オープンに、市民・国民・社会で議論しようという声が上がったことはいいことだと思います。

 

キャスター:私たち医療を受ける側としますと、質の高い医療というのは求めたいものだと思うんですけど、それにかなった制度ではないんですか。

 

上:そう思います。

質の高い医療というのは地域であったりそれぞれの患者さんによって違います。

大学教授はあくまで高度な手術、あるいは先進医療を求めます。

ところが高齢の患者さんは安心して治療を受けて、家で生活してある程度の医療費で押さえたい。

こういうニーズを叶えるのであれば、その医師をそれぞれの地元で養成しなければいけないと思います。

日本ではもっぱら大学が医師を養成し、地域に派遣する仕組みがとられてきました。

医局制度といいます。

これは世界で標準的ではありません。

アメリカなどは、大学と大学医局とは全く別です。

そもそも医局などというものは存在しません。

医学部はあくまで医師免許を取るまでの手段です。

卒業後は、地域で医師がそれぞれ個別に活動して、育っていきます。

日本でも、長野県や千葉県の大病院では地元で活動する意思を養成しています。

必ずしも大学が全てではないんです。

今回の制度は、そういう地域の動き、新しい芽生えをダメにしてしまう可能性があります。

 

キャスター:日本では制度の中で大学病院の力が大きくなりすぎているということでしょうか。

 

上:そういうことだと思います。

日本は伝統的に大学を中心に医師を養成してきました。

学生時代だけでなく卒業後もやってきました。

ところがその仕組みが、今の社会と合わなくなってきています。

高齢化した社会、プライマリーケアを重視する社会、こういうものにどのような医師を養成するかは、大学だけでは議論できなくなっています。

社会・国民のみなさんとともに試行錯誤をしないといけなくなっています。