読むラジオニュース

ラジオニュース書き起こし

パリ協定離脱はアメリカをどう変えるか NHKマイあさラジオ「社会の見方・私の視点」

NHKマイあさラジオ「社会の見方・私の視点」6月14日放送

解説:京都大学大学院経済学研究科教授・諸富徹

 

キャスター:アメリカのトランプ大統領が、今月1日地球温暖化対策のための国際的な枠組みでありますパリ協定からの離脱を発表しました。

このニュースは世界中に衝撃を与えましたね。

 

諸富:そうですね。

トランプ政権は、オバマケアの廃止に見られるように、とにかく前の政権のレガシーつまり遺産を消し去るということを優先しているように見えます。

パリ協定離脱もその一環に解釈できるかもしれないんですけど、これでオバマ政権が決めた化石燃料の使用を規制する、クリーンパワープランと呼ばれるものだったんですけど、これが撤回されることになるのは確実かと思います。

またその背後には、石炭産業の擁護、そこで維持されている雇用の確保というものを最優先したんだと、これが政権の方針なんだというふうに解釈できると思います。

ただこうした国内優先の決定は、アメリカに対する国際的な信任を毀損することにつながっていくと思いますし、短期的にはともかく、長期的なアメリカの産業競争力を弱体化させる方向に左右してしまうんじゃないかなと思います。

 

キャスター:まずは国際的な信頼が落ちるという点ですけど、具体的にはアメリカにとってどんな影響が考えられますか。

 

諸富:まず強調しておかなければならないのは、パリ協定は世界のほぼ全ての国が参加する協定になっているわけですけど、実は世界で入っていない国は、シリア・ニカラグアの2国だけなんです。

これらに国々にアメリカが加わることになってしまいます。

この生命が出される前、G7の会合があったんですけど、パリ協定残留をめぐって、トランプ大統領とその他の首脳が激しいやり取りをしたと報じられています。

その後に、ドイツのメルケル首相は「ヨーロッパはもはや米国に依存することはできない」と極めて厳しい口調で語りました。

戦後の世界システムはそもそも、アメリカがリベラルの政策と制度を積極的に維持構築しようという意思に基づいて、うまく形成されてきたし、回ってきたと言えると思います。

そういった意思それからシステム維持にコストを払うこと、これが世界における指導者としての地位をアメリカに与えてきたんだと思います。

しかし、現在見られているのは、アメリカの孤立主義への傾斜であって、これは、こうした指導者としての役割を確実に奪っていくことになるだろうと思います。

 

キャスター:一方で中国が存在感を示し始めているようですね。

 

諸富:そうなんですね。

それが最近目立つ新しい現象といいますか、傾向でして、自由貿易についても積極的な発言をしていますけど、同様にこの気候変動問題でも、中国は自らの国際的指導者の立場に、自らを押し上げていこうとしているように見えます。

ちょうどトランプ大統領の離脱表明のタイミングで、李克強首相は、メルケル首相と会っていました。

そして、会談後の記者会見で、李克強首相は、パリ協定に関して、国際合意であり、中国は国際的な責任を負うと誇らしげに述べたわけなんです。

 

キャスター:さらに言いますと、温暖化対策というのは、経済に必ずしもマイナスの影響だけを与えるわけではないという指摘もありますね。

 

諸富:そうですね。

ですので、新しい経済発展に、中国は、積極的に温暖化対策が乗っていくんだという解釈もできると思います。

実際、中国は2020年までに、再生可能エネルギーに2兆5千億元、3610億ドルを注ぎ込むと約束しています。

中国国家能源局、エネルギー曲が、1月5日に公表した文章によりますと、これにより1300万人もの雇用が創出される見通しだといっています。

中国が太陽光パネルや風力発電のタービンなど、こうしたところに産業競争力を高めていき、再生化エネルギーの輸出に力を入れていくのは、間違いないと思います。

パリ協定を履行する強い姿勢、その将来的な脱炭素化というのが、スタンダードになればなるほど、産業上のチャンスが生まれて来る。

ここが、中国が産業の利益を考慮して、発言をしているということはあると思います。

逆にアメリカは、もうオウンゴール以外の何物でもないと思います。

つまり、離脱でアメリカの製造業の雇用は本当に増えるのか、増えることは無いだろうと思います。

どういうことかというと、すでに石炭産業を守ろうとしてるんだけど、安いシェールガスの増産、それから風力発電太陽光発電両方とも急速に伸びておりますし、コストも下がってきております。

したがって、これらの競争に負けて、石炭は衰退傾向にすでにあります。

このトレンドを今回の離脱が逆転させることは、ありえないだろうと思います。

こういった中で、アメリカがパリ協定に背を向けて、そうした努力を怠りますと、直近では楽になったとしても、将来的にはアメリカの産業を衰退に導くことに他ならないですね。

こういうことに、将来気がついた時には、もはや取り返しのつかない状況に陥っているということになると思います。

 

キャスター:アメリカの国内での反応は、どうなんでしょうか。

 

諸富:歓迎してると思いきや、むしろ反対で、トランプ大統領の声明に反対する動きが、色々なところから出ています。

ひとつは州や自治体の動きなんですけど、ニューヨーク・カリフォルニア・ワシントン州3知事が協定の内容を遵守する同盟を形成しています。

全米85都市の市長も同様の措置を取ると発表しています。

ニューヨーク州知事らが形成した同盟の名前ですが、全米気候同盟と言います。

この加盟州は、独自に温暖化対策を進めて、気候変動に対して、大胆な政策を導入すると言われています。

これは、基本的にパリ協定を守ろうと言っていまして、CO2の排出量を2005年の水準から2025年までに、26から28%引き下げると、オバマ前大統領が決めた目標の達成を目指すということなんですね。

また産業として、大切なんだと見抜いて、カリフォルニア州は6月6日に、クリーンエネルギーの技術の開発などで、中国の科学技術省とも協力すると、発表しています。

中国もカリフォルニア州も、独自の排出権取引制度を持っていますので、この面でも協力するほか、気候にプラスになるということで、貿易投資機会も探るということになっています。

 

キャスター:国内の産業界の反応はいかがですか。

 

諸富:かつてブッシュ政権京都議定書から離脱すると表明した時と異なっていまして、もちろん共和党の議会幹部とか、石炭産業は大統領の声明を歓迎してるんですね。

マコネル上院院内総務が、国内エネルギー生産や雇用をひたすら痛めつけたオバマ政権に対して、またしても打撃を与えたと、トランプ大統領を賞賛しています。

しかし、これで産業が楽になったと大歓迎でいるのかというと、むしろ逆でして、例えば電気自動車の大手テスラの最高責任者は、トランプ大統領がパリ協定からの離脱を発表したのを受けまして、トランプ政権の経済諮問委員会から身を引くと表明しています。

また同様に、ディズニーのCEOも、戦略政策フォーラムからの辞任を表明しています。

さらに、ゴールドマン・サックス、ジェネラル・エレクトリック社、マイクロソフト、IBMなど並み居る大企業のCEOたちが批判的なコメントを発表しています。

非常に皮肉なことかもしれないんですが、トランプ大統領の決断の意義というのは、アメリカの企業、それから州政府が独自に排出減に向けた強化をしたり、加速させる決意をさせた、この点にあるかもしれません。

 

キャスター:そう伺いますと、日本での温暖化対策をめぐる議論でも、考えておかないといけない点がたくさんあるという風に感じました。