国連特別報告者との付き合いかた NHKマイあさラジオ「社会の見方・私の視点」
NHKマイあさラジオ「社会の見方・私の視点」6月15日放送
キャスター:先月の事なんですけど、国連の特別報告者のジョセフ・ケナタッチさんという方が、テロ等準備罪を新設する法案について、プライバシーの権利などが制限される恐れがある、という懸念を示す書簡を安倍総理大臣に送りました。
これに対して政府は、書簡の内容は明らかに不適切なものだ、と強く抗議しています。
また今週の月曜日(6月12日)なんですけど、同じく特別報告者のデービット・ケーさんという方が、国連人権理事会で、メディアの独立性を強化するために法律を改正すべきだ、などと勧告しました。
最近、この国連の特別報告者という言葉をよく聞くんですけど、これはどんなものだと考えればいいでしょうか。
阿部:国連の特別報告者というのは、国連の人権理事会から人権の問題について調査・分析をして、人権理事会に報告することを委託されている専門家の事なんですね。
特別報告者というのは、北朝鮮であるとか、スーダンといったように、国別に調査・分析をして報告することを求められる場合と、表現の自由であるとかプライバシーといったように人権課題別あるいはテーマ別に調査・分析をして、報告をする任務を与えられる場合とがあります。
特別報告者の人たちは、どうやって選ばれるかといいますと、公募なんですね。
自分で自分を推薦しても構いません。
ただ資格基準がはっきりしています。
専門性・独立性・客観性・人格・経験この5つなんですね。
客観性ということに関して言いますと、特別報告者が特定のイデオロギーに縛られている、あるいは反対の意見に耳を傾けない、ということになると困りますので、そういう人は客観性がないとして、特別報告者に任命されることはない、ということになっています。
人権理事会は現在47か国によって構成されているんですけど、特別報告者というのは最終的に人権理事会で承認を得て、任命されることになっています。
それから、一点申し上げると、特別報告者についてよく、個人の資格で、という表現がされますが、この意味するところなんですが、それはどの国にも所属していない、どの政府のコントロールも受けていない、独立した存在なのだ、という意味でして、決して、私人の立場でものを言っているという意味で使われているわけではないわけですね。
キャスター:過去には、どんな報告がどんなふうに人権の向上に対して効果を上げて来たんでしょうか。
阿部:こうした特別報告者たちの活動が、実際にどのような効果を上げているのか、これを正確に測定するのは、そんなに簡単なことではないですね。
ただ、南アフリカやチリにつきましては、1990年代に入るまで、長期間にわたって調査報告を続けました。
その結果として、国際的な関心を高め、国内で活動している人たちを大いに勇気づけることになりました。
その結果としてと言っていいんでしょうけど、南アフリカのアパルトヘイト制度は崩壊し、チリの軍事政権も民主政権に移行することになりました。
それから、強制失踪を担当する作業部会、これは世界各国で拉致や逮捕によって自由を奪われて、こつ然と姿を消してしまう人たち、これを強制失踪と言うんですけど、こういう人たちの消息を政府に問い合わせる活動を展開しているんですね。
2015年5月から翌2016年5月までの1年間で見ますと、強制失踪作業部会は、37か国において発生した766件の失踪案件について、問い合わせをしています。
そしてその1年の間に、消息が明らかにされたのは、17か国における161件だという報告が出ています。
こうした強制失踪作業部会からの問い合わせがなければ、その人たちの消息は明らかにされなかったかもしれません。
キャスター:その一方で、日本などはそこまで人権をないがしろにはしていないと思うんですけど、なぜこうした国に対しても調査が入るんでしょうか。
阿部:特別報告者たちが、特に心掛けているのは、調査対象国が偏らないようにする、ということです。
ですので、たとえば発展途上国ばかり調査対象国とするということになりますと、当然にアジア・アフリカ諸国の反感を招くことになります。
ですので、先進国の状況もきちんと調査・分析するということになっていまして、実際に人種差別であるとか、移民の分野などでは、アメリカも、カナダも、ドイツも多くの問題を抱えておりますので、当然に調査の対象となるわけですね。
それから、アメリカについては、ホームレスの人たちが公演を生活の場にしたり、あるいは歩き回るというだけで捕まってしまうということを、問題視したんですね。
こうした犯罪者扱いというのが、差別であるとして、そうしたやり方を改めるように勧告を出しました。
こうした勧告を受けて、アメリカ政府はホームレスの人たちを犯罪者扱いすることが国際人権条約に違反する場合が確かにあるということを明言するに至りました。
このように特別報告者の活動は、いわゆる先進国の中でも人権状況の改善に貢献しているというところが見られます。
キャスター:ただアメリカと言いますと、人種差別が問題ですね。
これは、もっと根深いと思いますけど、こういうシビアな問題についてはどう考えればいいんでしょう。
阿部:人種差別の問題というのはアメリカにとって一番痛い問題なんですね。
こうした問題について、多くの特別報告者が取り上げるんですけど、やはりアメリカにとっては、容易にその勧告を受け入れるわけにはいかないというのもありますね。
しかし、丸ごとアメリカがそうした勧告を拒否しているのかというと、必ずしもそうではなくて、受け入れられるところがどこかあれば、そういったものを受け入れる、というかたちで対応しているという、非常に成熟した対応が見られるのではないかと思います。
そうしたことが、アメリカにとって、結果的にアメリカのステータスというものを国際的に確保していることにつながっているとも思います。
キャスター:全否定するのではなく、どこか受け入れられるところはないかという姿勢が大事で、そうすると結果的に、アメリカの国際的な地位が上がるという側面もあるということなんですね
阿部:このように自分の国の人権状況を向上させていくてこに特別報告者の活動を使うということだけではなくて、政治的な観点からいうと、アメリカのような国がどうして特別報告者の調査や勧告を受け入れているのかと言いますと、やはり政治的な趣がありまして、他国に対する発言権を確保するという意味合いも見て取れるんですね。
自分の国も受け入れている、そういう勧告があるんだから、お前の所も受け入れるのは当然でしょう、というふうに言うことができるようになるんです。
アメリカが自国の問題でもし消極的な姿勢を貫くということになりますと、他の国も同じように消極的な姿勢をとるということになりかねません。
この点で日本は、北朝鮮の人権状況を調査する特別報告者の活動を歓迎しているんですね。
その一方で、日本に向けられた別の特別報告者の活動を拒絶する、といった態度をとりますと、ダブルスタンダードではないかとしてですね、北朝鮮を含む他の国に対して特別報告者の勧告を受け入れろと言いにくくなってしまうように思います。
キャスター:となりますと、今回のケナタッチさんの日本に対して表明した懸念ですね。
これは、日本としてどのような対応をすることが建設的だとお考えですか。
阿部:ケナタッチ氏は、プライバシーに関する特別報告者ですね。
特別報告者としてケナタッチ氏は、現地調査を行うだけでなく、プライバシーにかかわる情報をいろいろなかたちで収集して分析する、そしてそれを報告する任務を与えられています。
日本政府に対する今般の書簡の送付は、実は情報収集の一環として行われたものなんです。
情報収集のための問い合わせ、と言っていいわけですね。
組織的な犯罪に共謀罪を導入する法案について多くの懸念が表明されているけれども、プライバシーの保護についてきちんと配慮されているのか、正確な情報を示してもらえませんか、という問い合わせでありまして、決して日本政府を非難したり断罪したりするような、そういう書簡にはなっていません。
また、必要があれば、プライバシーの保護のための助言もするとも言っています。
こうした特別報告者からの問い合わせに対して、日本のような人権理事会の構成国は、協力する責任があります。
日本政府としては、不適切だ、といったような形で切り捨ててしまうのではなく、誠実に回答すればよいだけなんです。
その回答を受けてさらに特別報告者から追加で何らかのアプローチがあるかもしれませんけど、そうしたやり取りを通じて、プライバシーを保護する水準が高められていく、ということが期待されています。