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日本企業はなぜヒトが育たないのか? NHKラジオ「先読み!夕方ニュース」

NHKラジオ「先読み!夕方ニュース」6月15日放送

解説:日本総合研究所調査部長・山田久;竹田忠解説委員

 

竹田:政府の経済政策の基本方針である「骨太の方針」今年の最大の柱は、人材投資ということになっています。

多くの専門家が、この人材投資・人材育成こそ、日本の将来にとって最も重要な課題だと指摘しています。

そして、そのためのキーワードとして、今回「骨太の方針」の中で明記されているのが、「リカレント教育」です。

リカレント教育は日本を救うのか。

企業の競争力を高め、そして正規非正規の格差是正につながるのか。

 

まず、今年の「骨太の方針」の最大の柱・人材投資なんですけど、なぜ今、この人材投資なんでしょうか。

 

山田:日本経済が直面しているある意味最大の問題と言っていいと思うんですが、これは働く人の数がどんどん減っていっているということです。

そういうなかで、いわゆる経済成長を維持していくには、働く人の数が減っているわけですから、働く人一人一人が生み出す価値・付加価値、これを高めていくことが必要です。

それには当然、能力育成が必要で、人材投資というのが大きな焦点になっているというのがあると思います。

それだけではなくて、さらに言いますと、政府は働き方改革を通じて、残業の削減とか、非正規の方々の処遇改善、同一労働同一賃金、これらに取り組んでいくとなっています。

これは直接的には、残業代が減る可能性があるんですね。

それから、もしかしたら全体のパイが変わらない時は、非正社員の賃金を上げるために、正規社員の賃金を減らさないとダメということになるかもしれません。

これを避けるには、全体のパイを増やしていく。

GDPを増やしていくことが必要であり、そのためにも一人一人の育成・人材投資が重要になっているということだと思います。

 

竹田:働く人全体の数は減っていく、さらに一人一人の労働時間も長時間労働是正で減らしていく、こういうなかで、本当に生産性を上げるというのは、相当厳しい環境の中で絶対やらなきゃいけないこととして出てきている話になってくると思うんですけど、骨太の方針の中で明記されて、しかも総理自身が何度も使っている言葉が「リカレント教育」、人材投資の手段としての「リカレント教育」。

まだまだ一般にはなじみの薄い言葉だと思うんですが、これはどういうことなんでしょうか。

 

山田:リカレントのカレントとは現在の事ですね。

だから、人々が持っている知識とか能力を、「リ」カレント、つまり新しくしていく、更新していくという意味ですね。

ようは社会人教育ですね。

一回学んで社会に出て、もう一回知識を新しくする、その社会人教育のことをリカレント教育と言っているんですけど、これは昔は、学生時代に習ったことがそのまま会社の中で、あるいは仕事で使えたということなんでしょうけど、だんだん世の中の変化のスピードが速くなって複雑になっていますので、社会人になってからも、もう一回体系的に新しい知識とかスキルを学ばないと、能力が付かない、生産性が上がらないというふうになっているんだと思います。

実は最近も、社会人大学院なんかに通う人が増えて行ってるんですけど、ビジネススクールとか法科大学院とか、日本は、大学入学者のうち社会人の人の割合は2%ぐらいなんですね。

少ないんですね。

実は、ヨーロッパ平均だと、この割合が約2割、日本の10倍なんです。

それと、リカレント教育という言葉自体は、一番最初にはスウェーデンの経済学者がコンセプトを考えたと言われているんですが、スウェーデンの場合は、25歳以上の学生の割合が26%に上っている。

そういう意味では、日本はまだまだなんですね。

これを増やしていこうということになってますね。

 

竹田:日本でもリカレント教育を充実させていくとすると、そのためには何が課題なんですか。

 

山田:たとえば、長時間労働の問題があると思います。

というのは、仕事が終わってから勉強しようということですから、当然定時退社ができないと、学べないですね。

これができるにしても、会社ではそういうことを禁止していたり、あるいは上司が嫌な顔をする、仕事の方が大事だろというふうな雰囲気もまだ残っているんじゃないか、そういう部分がひとつあると思います。

それだけではなくて、まだ大学の方の、受け入れ側の教区のカリキュラムの問題ですね、果たして実践的で魅力的なものがあるかということです。

そういう意味では、先ほどヨーロッパの話をしたんですけど、アメリカも当然これが進んでいて、特に社会人教育なんかで成功している事例として言われているのが、コミュニティ・カレッジというのがあるんですね。

これは、アメリカの州がやっているところが多いんですけど、そこが2年コースなんですね。

昔は短大だったんですけど、だんだんここが企業と提携しながら、地域の地場産業に必要な能力育成をするように変わってきたんですね。

そこはどういうふうにしているかというと、そもそもカリキュラムを作るときに、コーディネーターみたいな人がいて、地域の企業を回って、どういう人が欲しいか聞いているんですね。

それから、教員も実際にそこで働いている人に来てもらって、そうすると本当に実践的なことが身につく、そういうふうな仕組みというのができています。

 

竹田:そうすると教わるのは社会人なんだけど、教える方も社会人。

 

山田:そうなんです。

もちろん、それなりの体系化した知識を持っている人なんですね。

そういうことで、内容自体が企業にとっても、働く人にとっても、本当に実践的なものが出来上がっている。

そういう工夫を日本もしていく必要があると思います。

 

竹田:それは実際に企業で働いている人が自分の能力を高めるために、大学に行ってある程度の時間再教育を受けるということなんでしょうけど、一方でこれまで企業が自前でずっとやって来ている人材育成、これはどうすればいいんでしょうか。

 

山田:ここ数年はちょっとましになってるんですけど、一時に比べて企業も競争が激しいので、教育費を少し減らしていく傾向があったんですね。

逆に、働いている人の能力を上げようとしますと、教育投資を増やしていかないとダメで、それを企業内大学みたいな、コーポレートユニバーシティと言われますけど、先進的な企業ではそれを作ってるんですね。

そういうものを大学の教授等と連携して作ったりとか、そういうことがひとつ重要になっていくんじゃないかと思います。

それだけではなくて、実務能力ってどうやって身につくのかということなんですね。

アメリカの調査会社がアンケート調査をしたんですね。

その結果として、70対20対10の法則というものがあるんですね。

これは何かと言うと、実務経験が7割、上司によるコーチが2割、それから座学のような研修が1割、この比率でやるのが効率的なんではないかと言う法則があると言われています。

 

竹田:企業でよくやる研修は1割でいいと、むしろ日々の仕事の中で覚えるんだと。

 

山田:そういう意味では、研修ももちろん重要なんですけど、現場での実務経験が大事で、管理職などがその場で指導したりとか、あるいは仕事の配分を成長するように組んでいくとか、そういう現場での取り組みが大事だということだと思います。

 

竹田:日本はかつて、OJT(オンザジョブトレーニング)が非常に手厚いと言われていましたが、バブル以降かなりそこが危うくなって来て、また見直されているんだと思いますけど、それが重要であればあるほど、ここで気になってくるのが、非正規の人たちはどうするのかと。

正社員に対してはこうして手厚く、きちっと手間暇かけて、コストをかけて、時間もかけて教えていくということをすると思うんですけど、非正規の人に対してはなかなかそういうことをしません。

放っておくと格差が開いてしまいます。

どうすればいいですか。

 

山田:正にそれが過去20年だったと思うんですね。

でも実はよく考えると、企業にとってもよくないんですね。

非正規の人といっても、実際はその人の能力が低くてミスをすれば、お客さんからクレームが来たりしますよね。

ですから、実は非正規の人だと、企業にとっては短期でしか雇わないので、なかなか教育するインセンティブって湧かないんですけど、本当を考えると非正規の方も育成していくのは重要なことなんだと思うんですね。

ただ問題は、とは言え企業も競争の中でお金が十分にあるわけではないので、そのぶんどうしても不足しがちになるので、そこは政府・国が全体としてですね、税金あるいは雇用保険の保険料を使って補助を出す、あるいはすでにキャリア段位という制度があるんですが、これは介護の分野であるんですけど、具体的な介護のプロセスを見える化しまして、それをあるトレーナーが実際に教えていくんですね、現場で。

実務能力がそこでしっかりできるというのを確認しながら、能力認定をしていく、そういう座学だけでなく実践も見ながら認定していく仕組みを整備されているんですね。

こういうものをもっと整備していく、そんなことが大事だと思います。

 

竹田:レベルを上げていく、段位を上げていく、それでキャリア段位というんですね。

 

山田:そういうことです。

 

竹田:そういう試みを正規・非正規問わず人材育成を広く社員全体に対して、行なっていくことが大事なんですね。