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将棋AIプログラム「ポナンザ」の向こう側にあるもの

NHKマイあさラジオ「社会の見方・私の視点」6月23日放送

解説:愛知学院大学 特任准教授

   東京大学先端科学技術センター 客員研究員  山本一成

 

キャスター:将棋の現役タイトル保持者と人工知能が対戦する「電王戦」の第2局が先月行われ、AI人工知能のプログラム「ポナンザ」が日本のプロ棋士を再び破りました。

AIの技術はどこまで進化していて、社会をどう変えるのか、「ポナンザ」の開発者・山本一成さんにお話をうかがいます。

 

山本さんご自身も将棋アマ5段の腕前なんですね。

開発したての頃の「ポナンザ」は、山本さんに勝てなかったそうですね。

 

山本:私が初めて将棋プログラムを作ったのが今から大体10年位前でした。

アマ5段というのは結構強い方です。

自分の知識をプログラムに写し込んでいけばきっと強いプログラムができるだろうと思って、一生懸命、昼夜を問わずプログラムを書いたんですね。

その結果、恐ろしいほど弱いプログラムが出来ました。

プログラムって、私が書いたとおりに動くんですけど、本当に私が書いたとおりにしか動かないので、つまり初期の人工知能って、これだけ計算力や記憶力があるコンピューターに人間の知恵を写し込めば、きっと簡単に人工知能が出来るだろうなんて思ってたんですね。

その楽観は、計算力や記憶力はすごく上昇したんですけど、残念ながら人間の知恵を伝えることはほとんど出来なかったんですね。

 

キャスター:ということは、知恵「ポナンザ」は持ったということですか。

 

山本:そうなんですよ。

 

キャスター:それは、どうやって体得したんですか。

 

山本:まずは、コンピューターにプロと同じ手が指せるように、結果を真似するように、行動を真似するように、学習させていったんですね。

コンピューター自身に、自分自身で同じことができるように、学習させていってきました。

そこから先は、自分で自分を強化し始める、強化学習と専門的に言うんですけど、強化学習を行っています。

つまり、誰もまだ見たことのない局面を調べて、まだ人間が見たことのないこの局面は、どれぐらいいいんだろう、どれぐらい悪いんだろうと経験を積まなきゃいけないんですね。

 

キャスター:そういう将棋が、将棋界を席巻したわけですよね。

 

山本:今のプロ棋士たちが指した戦法の新しい戦法で、コンピューターの影響を受けていないものってほとんどないんじゃないかと思います。

その結果、逆にプロ棋士たちが、それらの戦法を吸収して、学んで、より強くなっていくという時代になっていますね。

 

キャスター:明らかに私たち人類のゲームの中でのAIに対する見方が変わってきたように思うんですけど。

山本さんはどうお感じになりますか。

 

山本:現役のプロ棋士を初めて破ったプログラムは「ポナンザ」で、ちょうど4年ほど前だったんですね。

当時の空気はよく覚えていて、記者会見が行われたんですけど、とても暗いものでした。

もう絶望的だったような感じだったんですけど、1年2年経つうちに、そんなことも「しょうがないよね、コンピューターに負けるのは」みたいな感じになっていて、今年ちょうど名人と戦って、「ポナンザ」が勝つことができたんですね。

それが将棋界の大ニュースかと思いきや、あまり大ニュースじゃなくて、今だと藤井4段が何連勝とかの方がはるかに大きなニュースになって、やっぱり人間同士の戦いを多くの人は望んでるし、その時代時代の名人を倒すというのは、ひとつ人工知能の課題であり続けたんですね。

囲碁や将棋以外にも、ポーカーやあるいはチェスというのもありました。

これが人間の名人と戦って、コンピューターの力を一個ずつ示していく、いわばランドマークみたいになったんですけどね。

そろそろボードゲーム、少なくとも二人が戦ってるボードゲームでの仕事は終わりかなという気がしています。

 

キャスター:囲碁や将棋に人間が負けたということで、私たちは大きなショックを受けましたし、AIの可能性とかあるいは新鋭さとか逆に怖さみたいなものも見えたような気がするんですけど、山本さんにはAIの可能性というのはどういうふうに感じていますか。

 

山本:昨今AI脅威論というのがあるんですけど、事実関係を冷静に見てもらうと、まだ全然AIはできないことばっかりです。

たとえば、自然言語というんですけど、普通の言葉を操ったり、あるいは文章を操ったり、あるいはトピックを作ってコントロールするつまりインタビュアーの能力とか、こういうのは今のAIにはとてもできないです。

将棋とか囲碁っていうのは、現実世界に比べれば、とても小さな領域なんですね。

そういう小さな領域で、しかもルールがはっきり決まっていて、勝敗がはっきり決まるという、いわばコンピューター寄りですよね。

そういう世界でようやく人間の名人を倒すことができた、ようやくですよ。

という段階なんですね。

まだ人間が行っている知的作業ってそれだけじゃないですよね。

様々なことをしています。

そういったことができるようになるには、それなりに時間がかかると思います。

これは本当にそんなに遠くない未来に起こるんじゃないかと私は個人的には思っています。

 

キャスター:完全に追い越される時代が来るだろうと。

 

山本:それが何年先かはわかりません。

多くの人工知能関係者の人は、30年後ぐらいには、そういうことが起こるんじゃないかと言っています。

ただ、みなさんは想像がつかないかも知れないですけど、今の時代から30年前というと、何もなかったはずです。

この30年よりもこれからの30年の方が進化というのは加速する傾向にあって、そして今の時代と30年後を比べると、途方もつかないことが起きてても変じゃないと思います。

 

キャスター:私たちにはなかなか想像しにくいんですけど、よく仕事が取られるって言われますけど、山本さんはどうお考えになっていますか。

 

山本:仕事が取られるのは嫌だと言って、じゃあみなさん働きたいですか、とどっちなんだろうと思いますね。

何が言いたいかというと、仕事って今大きく二つの役割があると思います。

ひとつは、もちろんみなさんよくわかっていらっしゃいます、お金を得ることですね。

でもですね、それだけじゃないんです。

じゃあお金を自動的にもらえたら、仕事を辞めちゃうのかというと、そういう方もいるかもしれませんけど、仕事っていうのはアイデンティティや生きがい、いろんな言葉があると思うんですね。

自分を高めてくれるものとか。

結構精神的な支柱になってるわけなんです。

AIが奪って行って本当に怖いのはこっちだと思ってます。

つまり、AIによって仕事が奪われてるってことは、普通に考えると生産性が上がってるってことですね。

生産性が上がっているのに、みんなが食えないというのは、どこか社会構造がいびつなわけじゃないですか。

だからそれは社会構造を変えれば変わると思うんですね。

だけれども、逆に仕事がなくなって、何をすればいいかわからない、っていうのがひとつ怖いかなと思っています。

 

キャスター:そこを人間の英知で考えていかなくてはいけないということですね。

 

山本:わからないですよ。

それは、AIが賢いから、人間の生きがいを助けてくれるかもしれません。

 

キャスター:そういう使い方が出来れば、一番人間が幸せになれる。

 

山本:そうです。

結局、ここがすごく大事なんですけど、技術が社会を確定しているわけではないんですね。

もちろん、技術によって変化は起こりました。

しかし、それがどういう社会になるかは、実は技術はほとんど何も規定していないんですね。

産業革命について考えてみましょうか。

産業革命のときは、蒸気機関が生まれたりとか、人間の行動できる能力が機会に代替された時代なんですね。

でも、そのあと蒸気機関車が出来たからといって、社会がどうなるってことを機関車は何も答えてくれないじゃないですか。

何が言いたいかというと、人工知能が生まれるからといって、それがどういう社会になるかというのは、ほとんど何も規定されてないんですね。

このままでいられないことは確定してるんですけど、だからといって、次の風景がこうなるというのは、じつは私とか人工知能科学者だけではなくて、社会のありようとかが凄く関係しています。

AIがどこに向かうかは我々が結局決めなきゃいけないんです。