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共謀罪のこれから

 NHKラジオ「 NHK マイあさラジオ」 6月28日放送

解説 : 首都大学東京 大学院教授 木村草太

 

キャスター : 共謀罪の構成要件を改めてテロ等準備罪を新設する法律が成立しました。

木村さんはこの法律については、疑問ですとか危険性が多いと、これまでも主張されてきましたけれども、この法律がもし運用されるのであれば、歯止めをかける必要があるのではないかと訴えています。

具体的にはどんな点でしょうか。

 

木村草太 : 今回の法律についてはまず、実務上の混乱が予想されております。

例えば、今回の法律では未遂を処罰しないにもかかわらず、共謀を罰するというものが含まれています。

 

キャスター : 未遂を罰しないのに共謀を罰する。

どういうことでしょうか。

 

木村草太:通常の犯罪は未遂、つまり犯罪の着手はあったけど結果が出ていない段階では処罰されないということなんですが、これは実際に犯罪行動を行なっても、被害が出る前に中止すれば刑罰は受けないということにすることによって、犯行を思いとどまらせる、という効果が期待できるからです。

しかしですね、今回は未遂の処罰をしない傷害罪のような犯罪でも共謀を罰するとしています。

このため、共謀をしてしまった段階で、もうどうせ罪を受けるのだから実行をしてしまえ、と犯罪を誘発しかねない内容になっているわけです。

 

キャスター:つまり、傷害罪というのは、実際に相手を傷つけない段階、未遂であれば処罰されないと。

なので、犯行を思いとどまる可能性があったんだけれど、共謀罪の適用を受けてしまうと、その思いとどまる機会が失われてしまう可能性があるということですね。

 

木村草太:そうなんですね。

やはり未遂処罰規定のないような比較的軽い罪については、対象犯罪から外す方向で検討すべきだというふうに思いますし、与党の方々ももう一度条文を見直して、少なくともそのくらいの修正は検討してもいいのではないかと思います。

 

キャスター:その他にはどんなことを考えないといけませんか。

 

木村草太:捜査活動が拡大していくことによる冤罪の危険ということが指摘されています。

最近になっても、自白の強要の事例は多いと言われていまして、最近ジャーナリストの神保哲生さんという方がPC遠隔操作事件の本を出していますが、PC遠隔操作事件というのは他人のPCをウイルスなどで遠隔操作してインターネットの掲示板などで殺人予告を行なった連続脅迫事件です。

最近の事件なので覚えておられる方も多いと思いますが、この事件では4人もの人を誤認逮捕した、つまり犯人でもないのに逮捕した、ということがありました。

さらにその中の2人は、犯人しか知り得ない情報を含む自白をしてしまった、という衝撃的な事実が神保さんの本では指摘されています。

つまり、犯人しか知らない情報を犯人じゃない人が自白してしまったということですから、これはやはり誘導尋問とか脅迫により自白を取るようなことが行われていたんではないかということですね。

共謀の立証は、これまで以上に自白に頼らなくてはいけない部分が多くなりますので、長時間にわたる拘束や心理的圧迫による自白は冤罪を生む危険が非常に大きいと思われます。

やはりここは権利の保護のために、附帯決議などでお茶を濁すのではなく、弁護士の立会いなどを義務化するなど、本格的な対応が必要になると思います。

 

キャスター:木村さんは憲法との兼ね合いも考えなくてはいけないと主張されていますね。

 

木村草太:今回の法律は、計画をして、腹ごしらえをしたり地図を確認したりする、というような準備行為をしただけで処罰の対象とするというものです。

ですから、非常に危険性が弱い、まだやるかどうかも本格的に判断していなくて、ちょっとした準備行為をしているという段階にも、適用されるようなものになっております。

ただこうなりますと、これは憲法に違反する可能性も出てきます。

憲法31条は、刑罰を課して守るに値する法益の侵害がない限りは刑罰を課してはならない、という原則を定めているように解釈されています。

ですから実現可能性が低い計画とか、あまりにも実行から遠い準備行為の段階で処罰をしますと、憲法31条に違反する恐れも出てきます。

十分な危険のない限りこの法律は適用できないのだ、というような限定解釈を法律家は組み立てていくべきではないかと思います。

実は、最高裁はこれまでにも、法律の文章をそのまま素直に適用すれば、あまりにも広い範囲の行為が処罰の対象になってしまうということで、その範囲を限定するような解釈を示すという判断をしたこともあります。

例えば公務員の政治活動というのは法律の文言上は、ほぼ全ての政治活動が包括的に規制され処罰されるということになっていますが、判例上は、公務員の中立性を損なう恐れが現実的に発生する場合でないと、この条文で処罰はできないという限定解釈をしています。

法律上の文章を読むと、公務員の方が休日にビラを配っただけで処罰ができるという、そういう法律になっているんですが、さすがにそれでは現実的に公務員の中立性を損なう危険があるとは言えないでしょうというようなことで、そういう場合は処罰をしないという限定解釈をしているわけです。

共謀罪についても、犯罪発生の危険が明白に差し迫っている計画準備のみを処罰するというような限定はかけていくべきでしょうし、せめてそういうかたちでの限定解釈というのもできるのではないかということです。

仮に共謀罪法で起訴された被告人がいたとした場合には、当然そのように限定解釈をしないと憲法違反なんだよ、というように主張すると。

裁判所もそれを受けて抑制的な解釈を採用する可能性はそれなりにありますし、過去の判例などもたくさん、限定解釈のための判例も運用できると思います。

ただこれは国民が裁判所を厳しく監視しておかないと処罰範囲が広がっていく可能性もあります。

裁判所というのも、国民の目線や世論から自由にいるわけではないので、国民が干渉していくことも重要なのではないでしょうか。

 

キャスター:メディアも含めて世論が大切だということですね。

あと、国際的な連携が必要なのでこの法律が必要なんだという議論もありました。

 この視点から見た場合はいかがでしょうか。

 

木村草太:今回の共謀罪は、もともと国境を越える犯罪について国際的な捜査検挙の協力の枠組みに入るためのもので、他の国では罰せられるのに日本ではそうではないという事態を避けるために、共謀罪が必要なんだという話でした。

ただこの点については、日本の処罰範囲は共謀罪がなくても十分に国際的な枠組みに入れるだけの広さがあったというふうに指摘した専門家は非常に多かったわけです。

また、日本が国際的な協力の枠組みに参加できない可能性というのはむしろ別の問題、つまり死刑の廃止だったのではないかというようなことが指摘されています。

 

キャスター:死刑の廃止ですか。

 

木村草太:国際組織犯罪防止条約の16条7項は、犯罪人を引き渡す時に相手国の刑罰の内容を考慮するということを考えて良い、ということを規定しています。

つまり相手国の処罰があまりにも人権侵害的であるという場合には、犯罪人を引き渡せませんよ、というようなことが考慮されて良いということが言われているわけですが、死刑廃止国からすると、死刑が存続している日本には、残虐な刑罰を継続している国ということで引き渡せないという場合が出てくる可能性があると指摘されています。

実際日本は死刑が残されている数少ない先進国でありまして、例えばOECD諸国の中で死刑が残されているのは、アメリカと韓国と日本だけと言われます。

また、アメリカでもすでに19の州で死刑が廃止されてきておりまして、韓国でも長年死刑の執行自体はされておらず、国会で死刑廃止法案が審議されたこともあります。

日本はこれを放置しておきますと、死刑の対象になるような重大犯罪の容疑者について、せっかく協力国が身柄を拘束してくれたのに、それが理由で引き渡してもらえないという事態が生じてくる可能性が出てきておりますし、これまでにもそういうケース、死刑を理由に引き渡しが拒否されたケースがあるということが指摘されています。

条約参加については、共謀罪以上に真剣に死刑廃止を議論しなくてはいけなかったということではないかと思います。