失明女性の詩 闇を照らす色糸の記憶
NHKラジオ「先読み!夕方ニュース」6月28日放送
夕方トピック
リポーター:室由美子
キャスター:人の声は美しい 一本一本染め上げた色糸のように
これは「声おりもの」という詩です。
詩を書いたのは、埼玉県に住む70代の女性、松田和子さん。
人生半ばで不慮の事故に遭い、失明した盲目の女性です。
室リポーターが、詩を作った松田さんに会ってきました。
室:声おりものは、ラジオをお聴きの皆さんが、耳から入って来る情報でいろんなことを想像するように、聞こえて来る音の世界で生きる松田さんが書いた詩、「声のおりもの」と書いて「声おりもの」です。
人の声は美しい
一本一本染め上げた色糸のように
人のおしゃべりや歌声に耳を傾けながら
私はうっとり
声おりものを楽しんでいる
という詩なんですけど、とても女性らしいというか、人の声に耳を傾けている姿が想像できます。
声に色を感じている、それが世を彩っているという、素敵な想像力を掻き立たせますよね。
松田和子さんにこの詩について伺いました。
松田:作ろうと思って作った詩じゃなくて、この想いって常にあったんだな。
それは、人の声に耳を傾けることが、私の日常なんですよ。
声こそ、その人そのもの。
という私の想いがあるから。
室:声こそ、その人そのもの。
詩の中で人の声を染め上げた色糸のようにと表現しています。
松田さんにとって、色は人生のキーワードだと語ります。
松田:若い頃に、お店に行くと、色糸の見本というのが、あったんです。
それこそ、一本一本糸が染め上げられた糸が並んでる。
色糸の見本がね。
それで、自分の好きな色とか見て選ぶわけですよ。
それを見るのが好きでね。
それが、なぜかずっと私に中にあったんですね。
風景には全部色がついてますよね。
でも私は色を失ったんです。
色を失ったんだけど、その見たい色を音と風と匂いと雰囲気とで感じ取って、自分の中でイメージしてそこに色を自分でつけて行くっていう。
だから、聞くこと、感じること、全部、私にとっては、色なんですよ。
色が欲しい、色を感じたい。
だから本当に私の人生のキーワードは「色」なんですね。
室:今はこのように詩を作ることにも取り組んでいる松田さん。
しかし失明したときは、絶望のどん底まで落ち込みました。
松田さんは、20代の頃、少しずつ視力が低下する難病「網膜色素変性症」と診断されました。
それでも、2人の子供を育て上げ、完全に視力を失う前に何をしようかと考えていた矢先、誤って工事現場の穴に落ちてしまいます。
外傷性くも膜下出血を起こし、失明しました。
50を目前にしたときでした。
自分の姿を目で確認することもできなくなった松田さん、果たして自分が存在しているのかとまで思い込み、このようなことまでしていたそうなんです。
松田:私は自分が「確かにここにいるよ」ってどういうことで確認したかっていうと、お布団を出るとお布団の温みが残っているのを触ってました。
「確かに私はここにいたんだ」って。
だから、「危ういな」って思ったよ、その頃。
絶望よりもっと深い、なんか危うい、「このままじゃ鬱とかなってしまうな」って思ってた。
キャスター:寝ていたところの温もりで自分が確かにそこにいたと確認していた。
突然全ての光を失って、戸惑いや心の落ち込みはどれほどだったかと感じますよね。
室:本当ですね、想像するのも難しいくらい、大変だと思うんですけど、やはりその当時、自分の気持ちが凍りついたように動かなくなってしまったと、松田さんは話していました。
そんな松田さんを変えたのは、詩だったんです。
最初は詩を人に読んでもらって、自分を奮い立たせたと言います。
松田:色が見えないというのが、私にとってすごく不安だったんですね。
どうやったらこの色を忘れない、あの夕焼けの赤い色を、あのスミレの美しい紫色を、どうやったら覚えていられるかなと思っていた時に、「そうだ詩集を読んでもらおう」と思って、自分で思いついたんです。
有名な詩人たちが、素晴らしい感性で編んだ、読み込んだ、言葉や色があるわけで、その中には必ず色が出てきます。
花の色であったり、空の色であったり、川面の色であったり、目からの感動も自分にはもう失ったと思ってたんだけど、その詩集を読んで、追感動をしていれば、自分の感性が枯渇することはないって非常に嬉しくて、4年半朗読ボランティアの人に詩集を読んでもらいました。
室:言葉から色を紡ぎ出して行く、それが松田さんの心を動かせたんですね。
詩によって救われた松田さんは、やがて自分で詩を書くことを始めます。
松田:見えなくなって、少々元気付いてきた時に、「いったい私は何ができるんだろう、どういうふうに生きるんだろう」って。
はたと気付いたのは、「私は自分の文化をひとつも持ってなかった」ということに気がつくんですよ。
自分の文化を育てていないって言うかしら、じゃあ本格的に何かをやりたいなって思って、見えなくなって言葉が全てを私に教えてくれるから、やっぱり言葉に執着してみたいなって思ったのね。
気持ちの中にいっぱいあるわけですよ、言葉が、ブツブツブツブツ。
自分の息吹のように、シャボン玉のように、ブツブツブツブツ言葉が上がってきてるの。
文字にしたくなったのね。
残したいって言うかね、想いを。
キャスター:文化と語られましたけど、人生そのものじゃないかと思いましたね。
自分を奮い立たせるという時が、もともと色糸が大好きだったというお話がありましたよね。
その記憶というものと、闇になってしまった中で、自分の人生を照らして行くものが、その色糸だ、と結びつけて行く。
そして、詩を書く。
そういうことですもんね。
室:そうですね。
その色糸ね、同じピンクでもいろんなピンクがあると思うんです。
くすんだピンクもあれば、華やかなピンクもあるし、そのひとつひとつを思い出す、人の声によって一本一本色糸を手繰り寄せるような感覚だとおっしゃっていました。
松田さんは今、ご自身の体験から、人生半ばで突然資格を失った人たちが困っていたり、孤立するのを助けようと、自ら立ち上げた施設で、生活の訓練をしたり、相談に乗ったりしています。
それは、「光の森」という施設なんですが、松田さんはそこに通って来る人たちと、今も毎日声のおりものを楽しんでいます。
松田:光の森の人たちは、目が不自由ですから、お互いに声に出さなければ、どんな人がいるのか、隣に誰が座っているのか、がわかりません。
大変言葉が飛び交っています、ここでは。
ですから、利用者の方と一日そして一週間向き合ってますと、その人の想いが心の色となって、耳から入って来て、その人を知る、感じ取るきっかけになりますから、絞り出すような声、沈んだ声、いろんな色糸ですよね。
心の色糸を聞くのが、私の大事な仕事ですから、しっかり聞いていますよ。
その人が、どんな人生を送って来たかが、そこに編み込まれてるわけですよ。
キャスター:人の声は美しい 一本一本染め上げた色糸のように
人のおしゃべりに耳を傾けながら、声おりものを楽しんでいる。
非常に深い詩ですね。
室:はじめに聞いた印象と、松田さんの取材をした後にこの詩を味わうと、全然違いんですよ。
その松田さんが、最近作った詩があるんです。
声と同じように目の不自由な人にとって大切な温もりをテーマにした「心の翼」という詩なんです。
心の翼
赤ちゃんのときからぎゅっと握りしめていた
右手にはあなたに伝えるハート
左手にはあなたから受け取ったハート
これからも繰り返しずっと手から手へ
心の翼
松田さんに、この詩を私が教えてもらって聞いた話では、「手の形って翼の形に似てないかしら」って
、「羽ばたく翼にこの手のひらの形って似てるよね」って、おっしゃったんです。
なるほどと思ったんです。
私が光の森に行った時、松田さんとか目の不自由なみなさんに話しかける時に、手を触れたり、握ったりすることも、大切なことだなって思ったんです。
手が心の翼となって、気持ちを伝えたり、心を通わすことがあるんだなと、そんなことを歌ったんじゃないかなって感じたんですね。
キャスター:聴覚で色を感じ、人生を感じ、そしてお互いに握手をした時、手のひらが触れて、触覚でもその人を感じ取るということですよね。
室:目に見えないものの力、それを感じ取ることの大切さというのを、松田さんの詩を読んでいると、声もそうですし、温もりもそうですし、私たちもっといろんなところから、いろんな愛だとかいろんな人生って感じられるんじゃないかって教えられた気持ちになりました。
そういうことって考えたことがなくて。
やっぱり、視覚障害者の方の書いた詩ってね、すごくいろんなものを教えてもらうことになりますよね。
キャスター:実際の松田さんどんな女性なんですか。
室:小柄で、身長155センチぐらい。
ショートヘアーで、私が話しかけると、歩み寄ってくれて手を握りながら、すごく寄り添って話を聞いてくれるような、優しくて芯が強い方だなって思いました。
とても印象に残ったのが、話していると、「私室さんの顔のイメージきちんとできてるわよ」って。
「今どんな顔で話してるか声を聞いてればわかるわよ」ってねおっしゃるんですね。
電話などでお話ししたこともあって、「今日室さん、疲れてない?元気ない?」とかお見通しなんですよ。
声に人生が現れるとおっしゃってましたから、私の人生もお見通しかもしれませんね。