種子法廃止のシナリオ
NHKラジオ「NHKマイあさラジオ」7月3日放送
社会の見方・私の視点
解説:農業ジャーナリスト 青山浩子
キャスター:主要作物種子法という普段聞きなれない法律が先日の通常国会で廃止されることが決まりました。
この種子法というのは、米・麦・大豆の種の生産や普及を都道府県に義務付けて来た法律です。
昭和27年にできたということですが、まずどういう背景でこの法律ができたんでしょうか。
青山:当時は戦後でありまして、食料の増産というのが国家的な命題であったわけです。
そこで国は各都道府県に対して、主食については、種を生産して、農家に販売して、その農家が作ったものが国民に広く行きわたるようにしなさい、という考えのもとに、国が強力な管理をしながら、主食を増やしていこうという、そういう背景がありました。
そしてこの法律が作られました。
キャスター:なぜ廃止になったんですか。
青山:まず食料増産という本来の目的が達成されたということが大きかったと思います。
各都道府県で種を生産して農家に行き渡るという仕組みができたので、もう国が手を引いても問題ないということが1つの理由です。
もうひとつ理由があります。
種子法というのは、種を生産しなさいという法律なんですが、それと共に、新しい品種を開発する、品種改良というものとセットになっていたんですね。
開発についても、やはり国あるいは都道府県といった公的機関の影響力が非常に及んでいたわけなんです。
稲についてなんですが、日本に今360品種ほど登録されています。
そのうち国や都道府県などの公的機関が開発した種が88%、残りが民間企業の種というかたちで、公的機関にやや偏りがあるんです。
そのためもっと民間企業の力を入れるべきではないか、という考えがあって廃止となったようです。
具体的に種子の生産がどうなっているかということなんですが、役割を担っているのは各都道府県とJAなんです。
種子生産というのは、他の品種が混ざってはいけないものですから、ここが種子生産に向いているという場所を選ぶところから始まります。
その後、種を作ってもいいですよという生産者を集めて、生産組織というものを作って、生産をしています。
作ったものを、JAの方でまとめて、それを農家に配布しています。
農家だけではなく、ルールに基づいて種子を作っているかどうか、別の品種が混じっていないかどうか、また複数の品種を作るところでは、田植え機とか稲刈り機を一つの品種ごとに洗って、混じり気がないかどうか確認して、作る必要がありますので、県の職員である普及員という公務員が、度々田んぼを訪れて、適正な管理をしているかチェックをするという、非常に手間をかけて作っています。
キャスター:結構種を守るというのは大変な作業なわけですね。
青山:私たちが思っている以上に手間をかけて、厳格なルールにのっとって、作られています。
キャスター:廃止になりますと、民間の会社が開発した種で、米ですとか麦とか大豆が作られるようになるんでしょうか。
青山:その可能性は大きいと思います。
なぜかと申しますと、公的機関が開発した種というのは、品質を重視したものが多かったんですね。
一方民間企業が数は少ないですけど、開発して販売している種は、どちらかというと単位面積当たりの収穫量が多くて、比較的安価なお米でありまして、今増えている外食ですとかお弁当に向くような業務用のお米に向いた品種を開発してるんですね。
今日本ではこの業務用のお米が足りない状況なんです。
したがって、民間の企業が育種した品種が出回るようになれば、外食業者とか弁当業者はそのお米をたくさん使えるようになって、消費者の手に渡るというメリットがありますし、もうひとつ、民間企業は、農家が種を買ってくれれば、できたお米の販売も引き受けますというような仕組みを導入している企業がいますので、あらかじめ米の販路が決まっているということは、生産者にとってもメリットがありますので、そういう点でも広まっていく可能性はあります。
キャスター:種子法がなくなりますと、資本力があったり、種を作るノウハウを持っている多国籍企業が入って来て、日本の種を席巻してしまうんじゃないかと不安視する声もありますけど。
青山:私はそれはちょっと違うのかなと思っています。
今まであった種子法は、決して外資の企業の参入を妨げるような法律にはなっておりませんでして、いくらでも参入はできたんです。
したがって今回、この種子法が廃止となって、急に外資の企業が参入して来やすくなるということにもならないわけです。
懸念されている方が多い理由の一つとして、法的根拠がなくなるわけですよね、種子法が廃止になって。
そうすると、県によってはもうお米や大豆の種子は作りませんと諦める自治体が出てくるかもしれません。
その隙間を、チャンスと見て、外資系の企業が自分たちのお米や大豆の種子を持って来て、「これを作って見ませんか」というように、シェアを広げていく可能性はあると思います。
否定はできません。
しかし、私個人的には、どんな種子が広まるかということは、生産者と消費者が決定権を握っていると思うんです。
例えばお米にしてみたら、消費者は特にお米の味にはうるさい消費者ばかりだと思います。
いくら外資が資本力を持って日本に参入して来ても、そのお米がおいしくなければ生産者はそんなお米は作りませんし、そんな種も売れないと思います。
したがって、日本の消費者が、今まで通りのお米や大豆・麦を食べたいと思っている以上、その種を生産者は作るでしょうし、そうでない種は一時的に参入して来たとしても、やがては売れないことになっていくと思いますので、外資の参入が脅威になって、種子を席巻するということはないのではないかと思っています。
キャスター:ということは、日本全国の田んぼの作付け面積の割合は変わるかもしれないけれども、種子法の廃止によって、私たち消費者の側で何かが変わるということは、見えないということですか。
青山:当面、生産者そして消費者に何か種子法の廃止によってマイナスの影響が及ぶということはないと思います。
ただ私がひとつ懸念しているのは、種子法の廃止以外のところで種子の生産が不安定になっていく、縮小していく恐れがあるというふうに思っています。
種子の生産は非常に手間がかかるということは先ほどお話をしました。
種子農家も、農家全体と同じ流れで高齢化が進んでいます。
その手間のかかる種子を高齢の農家がいつまで作り続けるかという問題もあります。
もうひとつ、普及員という公務員が種子の検査管理をしているとお話ししましたけど、種子法という法的根拠がなくなると、現場に普及員を配置できなくなるのではないかと懸念している県の担当者がおられます。
ただ、種子は非常に大事なので、検査をしなければいけない、そうすると普及員ができなければ、地域の農業を支えているJAの職員が代わりに種子の検査をすることになるのではないかと、その担当者は言っていました。
しかし、JAも今合併統合とか、人員の削減をしていますので、JAも「うちでも出来ない」となったら、自治体によっては種子の生産を諦めることになるかと思います。
そうすると、現在も種子の生産を活発にやっている県があるんですが、そこへの依存度が高まりすぎると、異常気象が起こった場合に、種子が足らなくなる。
そこに依存していた自治体は必要な種を確保できなくなる。
そうすると生産者も困るし、消費者も困るといったように、不安定な要素が出て来ます。
したがって、高齢化、普及員の配置の減少といった人の問題、これらが種子生産そして食料の供給に影響を与える恐れがあると思います。
国は、種子法の廃止後も、必要な予算措置を各自治体にするとか、種子の品質が落ちるようなことがないように、品質維持の制度を作るというふうに言っておりますので、ここは是非守って欲しいことだと思います。
日本の美味しいお米は、非常に厳格なルールがあったからこそ、心配することなく食べられています。
こんなに厳しい法律があるのは、日本ぐらいだとある種苗メーカーの方が言っていました。
この財産を種子法廃止によって崩すことがあってはならないと思います。