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実感なき景気回復

NHKラジオ「NHKマイあさラジオ」7月5日放送

解説:慶應義塾大学経済学部教授  金子勝

 

キャスター:政府は先月の月例経済報告で、改善が遅れているとしていた個人消費、企業の設備投資、そして公共投資いずれも判断を引き上げました。

この結果、景気全体の判断についても去年12月以来6ヶ月ぶりに判断を引き上げ、一部に改善の遅れが見られるという表現をなくして緩やかな回復基調が続いているとしました。

 

史上3番目の景気と言われています。

今の景気をどうご覧になっていますか。

 

金子:確かに、完全失業率の数字を見ますと2013年の4%から16年には3%まで下がってきてますし、それからGDPの成長率も一応プラスは続いています。

 

キャスター:なぜかみなさん、好景気の実感がないんですけど。

これはどこに原因があるんでしょうか。

 

金子:いくつか理由があると思うんですけど、ひとつは成長率あるいは輸出の回復率自体が、指標自体が弱いんですよね。

バブル期はもちろん小泉政権期も長い緩やかな景気回復が続いたと言われたんですけど、これと比べてもここ3年間ぐらいは1%から1.2%ぐらいで、非常に成長率の鈍さが際立ってるんです。

小泉政権期には、スーパーコンピュータとか半導体とか液晶だとか、こういうような日本製品の世界シェアを落としたんですけど、それでも欧米の住宅バブルがあって、円安誘導による輸出回復というのは、かなり伸びが低い経済成長率を支えていた面があった。

ところが、今回の輸出回復はそれよりもさらに鈍いんです。

というのは、世界貿易の縮小傾向が進んでるんです。

特に新興国の実質輸入額の伸び悩みというのがその背景にあって、2008年9月のリーマンショックの後、中国が大規模な景気対策を打ちました。

ブラジルとかアルゼンチンとかロシアとかインドという新興国が、世界経済を引っ張って、そこにアメリカが大量の金融緩和でドルを注ぎ込むと、ばら撒いていたと。

今は、インドを除くとほとんど新興国は、軒並み成長率を落としている。

中国は輸入に頼らず競争力をつけて自国で製品を作るようになってきた。

こういうことが起きて、その一方で日本の場合は、有名企業が次々倒れたりして、日本企業の競争力も徐々に落ちてきている。

日本は金融緩和で円安を誘導してるんですけど、かつてほど輸出の伸びは大きくなくて、それが成長率を鈍くしている面があると思います。

 

キャスター:世界のものの動きが小さくなってるから、大きな差のところに景気の回復を感じられないということなんですね。

 

金子:もうひとつは、有効求人倍率なんです。

今年の5月に1.49で、これは43年ぶりだというふうに報じられてるんですけど、有効求人倍率というのは、企業の求人数を職を求めている求職者数で割ったものです。

これまでは、人口が増加していたので、分母は減らなかったわけです。

分子がどんどん増えて行く、つまり求人が増えてくれば、有効求人倍率が上がるので、景気のいい指標だったんです。

しかし、人口減少の影響がすごく大きくて、特に15歳から64歳の生産年齢人口が90年代半ばから減り始めて、90年代前半は8700万人だったのが2016年には7600万人、1割近く減ってるんですね。

 

キャスター:実際の求人倍率の分母であるところの働ける人の数が減っている。

 

金子:しかも、ここのところの減少度がすごく幅が大きくなっていて、2013年の7900万人から16年には7600万人、つまり年間平均100万人単位で減ってるんですね。

だから、分母が小さくなれば当然有効求人倍率が上昇するということで、むしろ少子高齢化の構造問題を表す面があると思うんです。

 

キャスター:普通経済学のセオリーでは、人手不足は賃金上昇のセオリーでしたよね。

それで景気が良くなると。

 

金子:2人世帯で見ると、実質賃金が去年の10月あたりからゼロかマイナスが続いていて、この感ずっとそうだったんですが、家計消費が15ヶ月連続で減ってるという状況で、まさに実感がないのはそこに起因してるんですね。

一方で企業の内部留保は2012年の302兆円から2015年では377兆円、わずか3年で75兆円も増えてると。

それに対して、賃金は増えていないんです。

さらに、年金や医療や介護といった社会保障費についても将来不安がありますので、どうしても消費が盛り上がって来ないので、デフレ克服というのはなかなか達成できないという状況です。

 

キャスター:いわゆる経済指標としているものが、景気の実感と乖離してるような感じでしょうか。

 

金子:そうですね。

今の弱い景気を何が支えてるんだろうかというと、金融緩和がもたらすような不動産バブルが起きているんだと思います。

それからもうひとつは、日銀の財政ファイナンス財政赤字を出しながら支えていると。

ようやく持たせているという感覚だと思います。

2017年の路線価が公表されましたよね。

あれを見ると、大都市部の商業地に限定されちゃってるんです。

非常に偏ってて二極化が進んでいる。

それから2016年は貸家が増えてるんですね。

41万戸も増えている。

一方で日銀は420兆円も国債を持って、14兆円も株を持ってますから、金利が上がったり、株価が下がったら、たちまち腰折れしちゃうっていう非常に危ない状況で、世界が正常化に向かって利上げをしたりしているので、いつまでも同じこと続けられないと、ある意味で出口戦略をしっかり考えなきゃいけない時期に来てると。

 

キャスター:どうしたら景気を実感できるようになるか。

本当の意味で私たちが豊かさを感じられるようになる訳ですか。

 

金子:状況を打開するには、未来に投資するという国家戦略が必要だと思います。

これからIOTとかICTによって、一個一個は小さくてもそれをネットワーク化することでやっていけるような分散ネットワーク型の産業構造になって行くと思うんです。

日本の場合には、90年代の不良債権問題から福島原発事故まで経営責任とか監督責任を取らないで転換が進んでいない。

21.5兆円に膨らんできた東京電力の解体的出直しとか、送電分離ももっと大胆にして、再生エネルギーとかあるいは省エネの建物投資とかそういうものを一気にやって行く。

そうして若い人たちを支えて行くという意味では、奨学金地獄をなくしたり、教育費に投資したり、保育を強化したりというかたちで若い人を応援するような、そういう投資をやっていかなきゃいけない時期にさしかかってると思います。