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「暗殺者、野風」武内涼 著者からの手紙

NHKラジオ「NHKマイあさラジオ」6月11日放送

 

「暗殺者、野風」

武田信玄上杉謙信との戦いの狭間で、「謙信の首を穫れ」と命を受けた刺客の少女・野風の奮闘を描いた時代小説。

 

キャスター:今回の作品の舞台は戦国時代です。

武内さんは戦国時代を舞台にした作品を多くこれまでも書いていらっしゃいますが、小説の舞台として戦国時代というのはどんな部分に魅力を感じていらっしゃるんでしょうか。

 

武内:戦国の世というのは、混沌の時代で、多々その時代を生きた人々から今を生きる私たちが、吸収できるもの、学べるものはすごくたくさんあると思っています。

輝かしい戦国武将の活躍だけじゃなくて、その時代を生きていた庶民たち、貧しい人たちとかが抱えていた苦しみとか悲しみとか、そういうものを描きたいというのは、作家デビューした時から変わっていません。

 

キャスター:では改めて、武内さんのプロフィールをご紹介します。

小説家武内涼さんは、1978年群馬県生まれでいらっしゃいます。

2011年、日本ホラー小説大賞最終候補となった「忍びの森」で作家デビュー。

15年、「妖草師」シリーズが「この時代小説がすごい」2016年版で、文庫書き下ろし部門1位を獲得。

そのほかの著書に、「秀吉を撃て」などの時代小説があります。

今回の作品「暗殺者、野風」。

この作品の舞台は、16世紀半ば永禄年間の上州と信州になります。

作品の主人公は、5歳の時に家族を殺され、村を焼き払われた18歳の美しい長身痩躯の女性刺客・野風です。

この野風がいま住んでいる山村の人々は暗殺を生業としているという非常に変わった設定ですね。

 

武内:描きたかったのは、戦国武将の活躍じゃなくて戦国時代を生きた庶民たちが抱えていた苦しみとか悲しみとか、そういうものに寄り添う小説を書きたかったんですね。

なので、主人公としては、戦乱の世の苦しさを一身に背負う主人公であって欲しかった。

そこから、野風の過去というのは生まれました。

古くから刺客・暗殺を行うことで戦国大名同士の戦に巻き込まれず、自立を守ってきた村。

それが群馬の南西部にあるという設定なんですけど、どの農民たち、どの村も、戦に巻き込まれたくはなかったんだと思うんです。

その当時の習俗として小説の中に出てきますけど、山籠りと言って山に隠れちゃって、戦に巻き込まれないとか、当時の農民の知恵が出て参りますけど、いろんなことをして戦から距離を置いて生きていこうとした。

そういう庶民たちの姿というのから、この刺客の隠れ里、絶対に戦に巻き込まれることを拒むという村が生まれてきたんだと思います。

 

キャスター:この頃の統治は北条氏の勢力下にありましたが、越後上杉謙信が侵攻してきていました。

破竹の勢いで南下する謙信に、北条方の関東武士は雪崩を打って上杉方に寝返っていた訳ですが、北条と同盟関係にある武田信玄が、これを阻止しようとしていました。

そこで、武田方の軍師山本勘助が隠れ里を訪れ、謙信の暗殺を依頼します。

かくして、野風、10歳の少年蟹丸、熟練の刺客甚内、この3人が謙信の元へと送られます。

そして、時を同じくして謙信を守るために呼ばれたのが、名うての用心棒集団・多聞集でした。

こんな傭兵たちが実際にいたんじゃないかと思わせるぐらいリアルに描かれていました。

 

武内:人物とか集団は架空のものなんですけど、出てきた時に本当にいたんじゃないのかと読者の方に思ってもらわないとダメだと思うんですよね。

なので、多聞集の過去、今までやってきたことを史実の武将、足利義輝を守ってきたとか、いかにそういう物語を作れるかだと思うんです。

だから多聞集で小説になりそうな物語にいろいろ史実の出来事とかを絡めていく。

そういうところで、もしかしたら説得力が受けれているのかもしれません。

 

キャスター:その物語ですが、謙信を狙う刺客野風と、謙信を守る多聞集との攻防が軸となって進んで生きます。

この中で野風は、仲間の甚内、蟹丸、そして育ての親である隠れ里の長ばば様らを失っていく中で、謙信を撃つというだけの目的が変わっていく訳ですが、ここは読んでいて非常に胸が高まりました。

 

武内:自分が描きたかった乱世の惨さのようなものが、彼女に与えた悲しみですよね。

それが爆発するような瞬間、悲しみが張り裂けた瞬間を描きたかったので、これが戦国の世で暮らしを壊された無数の民たちの叫びみたいなものですか。

それが野風という1人のキャラクターから伝わってくるようなシーンを描きたかったので、主人公に自分が一体化して見えてくるものを書く、ここは野風になりきって、彼女と一緒になって行動して、考えていくというような書き方ですね。

 

キャスター:物語のクライマックスは、永禄4年5度に渡る川中島の戦いの中で最も大規模だったとされる第4次川中島の戦いです。

野風は足軽に扮して武田軍と上杉軍を渡り歩きながら、謙信、多聞集、そして故郷を奪った勘助らに迫ります。

この中での風は、幼い頃家族を殺し、生まれ故郷の村を焼き払った仇の男に出会います。

ここはひとつの物語の山場になりますが、この決闘のシーンで心がけたのはどんなことだったんでしょうか。

 

武内:アクションシーンで一番心がけているのは、迫力ですけど、迫力のあるアクションだけだと、私が一番描きたい戦の惨さとか悲しみみたいなものは伝わってこないと思うんですよね。

どうしても迫力だけを出そうと思ったら、主人公の強さだけに行っちゃう。

だけど、彼女の抱えている悲しみとか弱さとか、物凄い強い主人公なんだけど心の中には弱さも持っている、そういうものもしっかり描いて、なおかつ迫力があるようにする、そういうところをこころがけています。

だから戦国大名がやっている戦というんじゃなくて、戦国大名が起こす戦とかその時代の生きづらさと庶民が戦っていたと思うんですよね。

そういう庶民の戦いみたいなものが、彼女一人に乗り移って、出てくるようなシーンにしたかったです。

 

キャスター:作品のラストシーンには、思いがけないカタルシスが待っていました。

野風が、自分の中のドス黒い何かが氷解していく気がしたという場面なんですが、このシーン、どのように出来上がったんでしょうか。

 

武内:自分で何を決めていたかというと、彼女の気持ちというのを、悲しみとか絶望とか怒りとかっていう負の感情を一杯野風が背負うんですが、そこで終わらせたくなくて、最後に救いを持たせたかった。

その救いという方向に持っていくということを意識しながら書いていて、最終的にああいうシーンができたんだと思います。

 

キャスター:この作品はどの登場人物もキャラクターが魅力的です。

主人公野風以外にも、野風を慕う幼い刺客蟹丸、悲しい運命をたどることになる刺客青夜叉、義憤の男多聞集の渡辺静馬、そして快男子大男の鬼小島弥太郎、武田方の忍びの者美しい熊若、そして上杉謙信と誰もが印象的なんですが、武内さんご自身がキャラクター造形で心がけているのはどんなことなんでしょう。

 

武内:小説を読んでいて、この人物が読者の方に自分の隣にいて呼吸をしているような息づいてるような、そういう存在感というのを一人一人のキャラクターに持たせたいですね。

どんな脇役でも、作るときはその人を主人公にして、その人の人生を考えるように気をつけています。

この小説に書かれていない登場人物の物語をたくさん頭の中で作ってから書いていますので、野風にも感情移入できるし、野風と戦う人にも感情移入できる小説にしたかったです。

 

キャスター:作品は、血なまぐさい攻防を執拗に描きつつも、ラストシーンでもそうであるように、小さな希望が所々に散りばめられているというように感じました。

こういった部分には、武内さんのどんな意図が隠されているんでしょうか。

 

武内:私は昔映画監督になりたくて、映画のスタッフをやってたんですけど、自分は監督になれないんじゃないかなとか、映画監督を間近で拝見してて、映画監督に自分が向かない部分も持ってるんじゃないかなとか、いろいろ考えて前の仕事を辞めたんです。

だからそれは自分の人生の中で大きな挫折だったんだと思うんです。

その時本当に、この先生きていけるんだろうかと悩みましたし、何も次の仕事が見つからない状態で辞めましたから、本当に時代とか世の中とかに押しつぶされそうな気持ちになりました。

そんな時に、私に力を与えてくれたのがいろんな物語だったんです。

それはいろんな作家さんが作った小説であったり、漫画であったりとか、映画であったりしました。

自分もやはり、そういうふうに映画や小説や漫画に助けてもらった過去があるので、そういう物語をつくりたいな、自分の人生に押しつぶされそうになっている人がいたら、その人に勇気とか元気をあげたいし、今の時代とか今の社会に押しつぶされそうになっている人がいたら、その人にパワーを与える物語を紡いでいきたいと思っているので、そう気持ちがそうさせてるんだと思います。