対IS作戦終了後のアメリカの選択 社会の見方・私の視点
NHKラジオ「NHKマイあさラジオ」7月10日放送
社会の見方・私の視点
キャスター:イラクのアバディー首相が過激派組織ISがイラク最大の拠点として来ましたモスルを解放したと表明しました。
そしてISが首都としていますシリアのラッカの攻略戦にも弾みがつくと見られています。
次第にISが追い詰められて来ていますね。
高橋:モスルの陥落をもって主戦場はこれからシリアに移るということだと思います。
ISの首都とされるラッカの攻撃は既に市内に攻撃部隊の一部が突入するということで、激しい戦闘になっているんですけど、その攻撃の主力は、シリアのクルド人なんです。
シリアのクルド人は、人民防衛隊YPGと呼ばれる組織を持っています。
このYPGにアメリカが訓練をする、装備を与えるということで支援して、しかもアメリカ空軍が空から空爆で助けているんです。
なぜアメリカがこれほどクルドに肩入れしているのかというと、クルド人がラッカに一番近い位置に部隊を持っていて、一番地理的に有利であるという点、それからこれまでのクルド人は本当に勇敢に戦って来てアメリカ軍もこのクルド人の勇敢さを高く評価しているということがあると思います。
キャスター:クルド人はなぜそこまで懸命に戦うんでしょうか。
高橋:ひとつはもともとクルド人の住んでる地域は山岳地帯でして、もともとクルド人は勇敢な人々として中東では知れ渡っているんです。
クルド人の人口はおそらく総人口で3000万を超えていると思うんですが、イラクやシリアの人口より多い訳です。
でも国を持っていないんです。
世界的に見て、国を持っていない最大の民族な訳ですから、祖国を持ちたいというのがクルド人の何十年もの悲願なんです。
それをアメリカが支援している訳なんですけど、それにトルコが強く反発しています。
トルコの人口の4ぶんの1程度はクルド人だと推測されているんです。
そのクルド人が、1970年代以来断続的にトルコで独立を求め、自治を求め、武装闘争を戦って来た訳です。
その組織がクルディスタン労働党PKKと呼ばれてるんですけど、トルコ政府にしてみれば、このPKKというのはテロ組織なんです。
欧米諸国もPKKがテロ組織だと認定しています。
今シリアで戦っているクルド人組織YPGとトルコのPKKとは密接な関係にあるんです。
ですから、トルコ政府に言わせると、同じ組織じゃないかと。
だからアメリカがYPGに武器を渡せば、やがてはその武器がトルコで使われるのは目に見えているということもあって、トルコはアメリカのクルド支援政策に強く反発しているんです。
キャスター:そのトルコの懸念に対しては、アメリカはどう答えてるんですか。
高橋:アメリカは、ISとの戦争が終わればクルド人からは大方の兵器を返してもらうから安心してくれと言ってるんですけど、一度渡した武器を取り上げられるとは誰も思っていないんです。
しかも、ラッカの激しい戦いでクルド人が勝てば、クルド人にしたら自分たちが血を流してこのラッカを解放して、アメリカのために戦ったのにということで、ますます発言力を高めて来ます。
ここで問題なのが、ラッカの陥落後にクルド人をどうするのかというアメリカにとっての問題です。
ということは、ISを掃討してしまえば、アメリカにとってはクルド人はある意味もう用がない訳です。
ですから、見捨てるのかどうか。
ISとの戦いで一番勇敢に戦って来たシリアのクルド人を見捨てて支援を打ち切るのか、という問題になる訳です。
あるいは反対に、義理堅くクルド人を支援し続けるということになりますと、NATO北大西洋条約機構のメンバーでアメリカの同盟国であるトルコとの対立は避けられません。
ですからトルコを取るのか、シリアのクルド人を取るのか、アメリカはIS後を見ますと、近い将来にとても厳しい決断に迫られるということになると思います。
もちろん、アメリカがどう決めるか判断する材料は乏しい訳ですが、私が思い出すのは、1970年代のクルド人とアメリカの関係です。
この時はシリアではなく、イラクのクルド人が主役だった訳です。
当時のイラクでは、サダム・フセインという人物が独裁者の階段を上り詰めつつあったんです。
そのイラクを不安定かさせようということで、隣のイランの王様がイラクのクルド人の指導者に軍事支援を申し出るんです。
イランが武器をあげるからイラクと戦え、フセインと戦えとけしかけた訳です。
ところがイラクのクルド人のリーダーは、イランの王様を信用しなかったんです。
イランが武器をやるから戦えと言って戦い始めた途端に自分たちを裏切って何らかの譲歩をイラクから勝ち取る、自分たちが手駒に使われて捨てられるんじゃないかと心配した訳です。
クルド人は乗って来なかったんですけど、そこでイランの王様がアメリカを説得するんです。
アメリカもクルド支援に一枚噛むということになって、アメリカが保証人になるから信用しろということで、クルド人は信用して、1072年からイラクのクルド人ゲリラがイラク政府と戦い始めるんです。
この戦いが始まるとすぐ、イランは秘密裏にイラク政府に申し入れをして、領土問題でもめてるけど ここを譲ってくれたらいつでもクルド人を見捨てるからという話を持って行った訳です。
キャスター:まさにクルド人が恐れていた通りにイランは自分たちの利益のために動いた訳ですね。
高橋:それをアメリカは知っていたんです。
3年後の1975年、OPEC石油輸出国機構の総会が開かれますけど、そこに出席したイランの王様とサダム・フセインが会談して、次のような合意に達する訳です。
ひとつは、イラクは国境問題でイランの主張を受け入れる。
国境問題で譲る。
イランはクルド人への支援を打ち切る。
ということだったんです。
この合意が決まった直後に、イラク軍がクルド人に対する大規模な攻勢を始めて、イランはフセインとの約束通りに、武器供与を停止した訳です。
クルド側は、ある意味不意を突かれて、総崩れになるという事件があって、クルド人の指導者は必死になって、アメリカの仲介を以来したんですが、アメリカは何もしませんでした。
この件について、キッシンジャーは当時国務長官になっていましたけど、秘密作戦を伝道事業と間違えてはいけないと、アメリカは国益のために冷酷に切るものは切って行くということで、用がなくなったとクルド人を見捨ててしまったんです。
キャスター:1980年代にイランを孤立させるために、イラクをアメリカは支援した訳ですよね。
そのイラクと90年以降戦うことになるということで、歴史は繰り返すという感じがするんですけど。
高橋:実は今、クルド人をどうするかという問題で、専門家は70年代のアメリカのクルド支援と裏切りを思い出しています。
ただ、70年と今の違うところがいくつかありまして、ひとつはクルド人もアメリカだけ頼るのは危ないということで、ロシアとも協調して、ロシアからの支援も受け入れているんです。
ですから、プーチンとトランプとの会談、クルド人は自分たちを裏切る約束をするんじゃないかと見ていたと思います。
何も出て来なかったのでわかりませんけど。
それからもうひとつは、70年代のこの事件というのは、当時詳しいことはなかなかわからなかったんです。
1年ぐらいして、アメリカ議会の報告書が漏れてやっと、こんなひどいことがあったんだという詳細がわかったんです。
ところが今は、メディアがこれだけ発達していますし、クルド人もどんどん発信してますから、かつてのように裏切られて誰も気がつかないということは起こらない。
歴史的にクルド人は誰も友達がいない、いつも裏切られてると、クルド人の友達は山だけだとよく言うんですけど、山岳地帯だけがクルド人の友達で守ってくれると言うんですけど、今回はもしかしたら、クルド人の側に立ってくれるかもしれません。
それが、70年代との違いかなと思います。