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核兵器禁止条約と被爆国・日本 ニュース解説

NHKラジオ「先読み!夕方ニュース」7月11日

ニュース解説:別府正一郎解説委員

 

キャスター:核兵器禁止条約についてお伝えします。

核兵器国際法に違反する物だとして初めて禁止する条約が7日、ニューヨークの国連本部で採択されました。 

 核の廃絶を訴えてきた広島・長崎の人は歴史的な前進だとして歓迎しています。

その一方で、日本の政府は、アメリカなどの核兵器保有国と共に条約作りの動きに反対し、今後も署名することはないとしています。

別府さん、今回採択された条約の内容はどのようなものですか。

 

別府:条約の前文は、一般的に条約の理念を示されるんですが、今回、その前文には、日本語の被爆者という言葉がそのまま使われ、被爆者が受けた容認できない苦しみと被害を心に留めると記されています。

広島・長崎の被爆者が、長年壮絶な被爆体験を語り続け、核廃絶を求めてきたことへの敬意が込められているんです。

その上で、核兵器の使用は、国際人道法に反するとして、核兵器の開発や保有、それに使用などに加えて、核兵器を使用すると威嚇することも禁じています。

威嚇の禁止が盛り込まれたことは、核抑止の考え方を明確に否定することを意味しています。

この威嚇を明示するかどうかは、核保有国だけでなく、核の傘に依存する国々にも影響を及ぼすため、大きな議論を呼びましたが、最終的に盛り込まれました。

条約は、今年9月から署名が始まり、50カ国が批准の手続きを終えた後に、発効することになっています。

 

キャスター:国際社会の受け止め方はどうですか。

 

別府:極めて対照的な反応が出ています。

この条約は今年の3月から核兵器を持たない120を超える国々が交渉して作られたものです。

7日の採決では、圧倒的多数の賛成で採択されました。

採択後、広島で被爆したサーロー節子さんは、「この日を待ち望んで来た。核兵器は非道徳的なものだったが、いまや違法なものにもなった」とスピーチすると、会議場は大きな拍手に包まれました。

しかし、その会議場には、日本の政府の姿はありませんでした。

アメリカやロシアなどの核保有国、それにアメリカの核の傘の下にあるNATO北大西洋条約機構の大半の加盟国もいませんでした。

これに先立つ去年10月、国連総会の委員会で、禁止条約作りのための交渉を開始するよう求めた決議案が採択された時、こうした国は反対票を投じ、その後交渉が始まっても、交渉には参加しなかったからなんです。

 

キャスター:なぜ日本は核兵器を禁止する条約に反対の姿勢を取るんですか。

 

別府:政府が理由としてあげているのが、核開発を続ける北朝鮮の脅威です。

日本が同盟国アメリカの核の傘の下にある以上、威嚇も明示的に禁止され、核抑止の考えを否定するような条約には賛成できないということです。

また、核軍縮は、核保有国と核を持たない国々が一緒になって段階的に進める必要があるとしています。

その核保有国ですが、条約制定の動きには、完全に背を向けて来ました。

その反対派の急先鋒が、世界で初めて核兵器を使用した国、アメリカです。

3月27日に交渉が始まると、アメリカのへーリー国連大使は、会議場のすぐ外で、イギリスやフランスなど20カ国の代表と並んで、「北朝鮮核兵器の禁止に賛同すると思うのか、現実的になるべきだ」と述べて、条約作りに反対するパフォーマンスをぶつけました。

日本の外交筋は、さすがに日本の代表があの場でへーリー大使と一緒に並ぶわけにはいかなかったが、アメリカの反対の意向は様々なレベルで伝えられていた、としてアメリカから条約に反対するよう働きかけがあったことを認めています。

 

キャスター:ただ日本としては、世界で唯一の被爆国ですから、被爆者などから当然不満の声が出て来ますよね。

 

別府:その通りです。

このうちの一人が、生後8ヶ月の時に広島で被爆した近藤絋子さんです。

近藤さんは、政府の対応に「失望している。日本は被爆を経験した国として、アメリカに対しても堂々と禁止を主張すべきだ。今言わないで、いつ言うのか」と、疑問を投げかけています。

また、長崎大学核兵器廃絶研究センターの鈴木教授は、「北朝鮮に対しアメリカの核抑止が本当に有効なのか。また、アメリカ軍との協力がかえって緊張を高めないかなど議論が必要だ」と指摘しています。

その上で、「今回の日本政府の対応で、外交上の影響も懸念される」と言います。

日本は、1994年から23年連続で国連総会に対して、核兵器廃絶決議案を提出し、例年多くの賛成で採択されています。

これについて鈴木教授は、核兵器禁止条約への今回の対応によって、「世界の核軍縮のリーダーシップを取るという日本の政策の信頼を大きく損ねかねない」と話しています。

 

キャスター:整合性が問われますよね。

条約は採択されたんですが、今後の課題はどうなんですか。

 

別府:大きい課題が待ち受けています。

禁止条約には100を超える国が参加すると見られていますが、参加しない国には効力は及びません。

条約が発効しても、アメリカやロシアなどの核保有国は参加せず、核兵器を手放すとも考えられない現状では、その実効性は大きな課題として残ります。

実際、1万5千発と推計される核弾頭のうち、9割以上を保有するアメリカとロシアの関係改善の見通しは立っておらず、核兵器の近代化も進められています。

また、国際社会の非難と懸念にもかかわらず、北朝鮮は核開発を続けています。

しかし、条約を推進する国々は、こうした厳しい現状だからこそ、これまでとは異なる新しいアプローチも必要だというんです。

そもそも、禁止条約を求める考えが強くなったのは、既存のNPT核拡散防止条約の下での軍縮への取り組みの限界があらわになったからです。

NPTは発効から40年以上が経つ条約で、世界の核軍縮の根幹をなしています。

アメリカやロシアなどの5つの国を核保有国と認める一方で、軍縮を行うよう義務付けています。

その上で、そのほかの国に対しては拡散つまり核兵器を持つことを認めていません。

しかし現実にはどうでしょうか。

保有国の軍縮は停滞してる上に、インドやパキスタン北朝鮮イスラエルなど核兵器を持つ国は増えています。

こうした中で、条約の推進国は、NPTを補完するものとして、禁止条約を打ち出すことで、核兵器は人道上許されないものなんだという規範が国際的に広がることを期待しています。

それとともに、国際世論が高まり、核保有国に対して軍縮を促す圧力にしたいと考えています。

つまり、停滞する現状に風穴を空けるきっかけにしようというのです。

 

キャスター:日本の反対の姿勢が整合性が取れていくのかという意見もありましたけど、日本は今後どうするべきですか。

 

別府:日本の姿勢について、東京に駐在する条約推進派の外交官が、「北朝鮮の脅威がある中で、アメリカの核抑止に依存する日本政府の事情は十分理解できる。しかし日本が核兵器廃絶を求める国際的な取り組みの先頭に立たないことは、理解に苦しむ」と話していました。

政府は、核兵器のない世界を目指すことを日本の責務だと位置づけています。

禁止条約を推進する国々とは、アプローチに対する意見の違いはあるけれども、目指すところは同じだ、日本の政府関係者も強調しています。

それだけに、アメリカやロシアへの働きかけですとか、北朝鮮の核問題の解決に向けた努力、それに被爆者の体験を世界にさらに発信することなどを通じて、禁止条約を上回るような核軍縮の機運を高めることが期待されます。

世界で唯一の被爆国として、核軍縮の進展に向けて、どれだけ行動できるのか、禁止条約に参加しない以上、その責任はますます大きくなっていると言えそうです。