読むラジオニュース

ラジオニュース書き起こし

なぜ、賃金が上がらないのか 社会の見方・私の視点

NHKラジオ「NHKマイあさラジオ」7月12日放送

社会の見方・私の視点

経済アナリスト   森永卓郎

 

キャスター:今人手不足だということが言われていますけど、賃金はそれに見合ったかたちでなかなか上昇してきません。

人手不足であれば通常賃金は上がると思うんですけど不思議な現象ですね。

 

森永:経済学では、労働力需給が逼迫すれば賃金が上がるというのが基本原理なんですけど、今の労働市場で何が起こっているかというと、5月の有効求人倍率は前月比O.01ポイント上がって1.49倍になったんですけど、これは1972年以来43年ぶりの高度成長期以来の人手不足というのが起こっているんです。

ところが、実質賃金は5月の速報で前年比でほとんど上がっていないというのが起こっているんです。

だから、需給は逼迫してるんだけど賃金は上がらない。

これは何故なのかということなんですが、私は企業が経済成長の成果を労働者に分配しなくなってきたからなんじゃないかと思っています。

つまり、お金はあるんだけど、働く人に払いたくない。

法人企業統計で見ると、昨年度末で企業の内部留保は前年比23兆円も増えた、390兆円とGDPの8割ぐらいの金額になっているんです。

これを指摘すると、内部留保は設備投資の原資になっているんだから、企業はキャッシュなんか持ってないんだと言うエコノミストもいるんですけど、実は同じ法人企業統計で、企業の現金預金の数字を見ると、これも前年比8兆円も増えた189兆円もあるんです。

だから企業は、内部留保とか手持ちの現金預金を積み増しすることに躍起になっているということなんだと思います。

 

キャスター:何故そうしたことが起きるんでしょうか。

 

森永:私は、経済学の基本理念が抜本的に変わったからだと思うんですけど、1980年代までは、なぜ付加価値が生まれるのか、なぜ経済が動くのか、付加価値の源泉を労働価値説で考えていたんです。

それは、付加価値が生まれる原因は、働く人が一生懸命努力をして額に汗して働くから付加価値が生まれるという考え方だったんです。

だから当然、働く人は大切な存在だったし、付加価値はある意味で労働者のものだったんです。

ところが、1990年代以降、経済学の主流が、新古典派の経済学に変わるんです。

いま大学で教えている経済学もこれなんです。

この経済学は、まず資本家が財の市場で資本財つまり生産設備や道具を買ってくるんです。

一方で労働市場から労働力を買って来る。

この資本財と労働力を組み合わせた瞬間に付加価値が生まれるという考え方なんです。

ということは、何が起こったかというと、労働者は機械とか設備・道具と横並びなんです。

働く人というのが何より大切な存在から、企業が利益を生むための道具に過ぎないと考えるようになったんです。

そうすると、働く人というのはどういう扱いになるかというと、いるときは雇うんだけどいらなくなったらさっさとリストラする。

あるいは、利益が出たとしてもそれを働く人に分配する必要はない。

なぜないかというと、道具だからだということだと思うんです。

アベノミクスの初期の段階というのは、安倍総理が企業に賃上げを要請して、企業はある程度そのいうことを聞いたんですけど、ここのところそういうのを一切受け付けなくなっていて、だから賃金が上がらないんだと思います。

 

キャスター:今おっしゃった新古典派の経済学は、政府の関与をできるだけ小さくする、小さな政府を目指す思想も背景にあると言われてますけど、なぜこうした理論が今主流派になっているのか、森永さんはどう分析されていますか。

 

森永:私は1980年に大学を卒業したんですが、その時までは経済学はマルクス経済学と近代経済学の2本立てだったんです。

ところが、80年代に、労働経済学というのはマルクス経済学の中心的なコンセプトなので、マルクス経済学をもとに作られた社会主義国の経済が悪くなっていって、もう少しマイルドなかたちで社会主義を取り入れた社会民主主義をやっていたヨーロッパも経済の調子が悪くなっていった。

結局、マルクス経済学はダメだということになって、大学教育の中でもマルクス経済学を教える大学がほとんどなくなったんです。

それで今、新古典派経済学が全盛を迎えている状態だと思います。

ただ、これがうまくいっているかというと、結局資本主義は暴走して、2008年9月のリーマンショックの時のように、金融バブルが崩壊してひどい目にあっているんですけど、じゃあもう一度労働価値説に戻りましょうかという動きは今のところ出ていないということなんだと思います。

 

キャスター:なかなか賃金が上がらない理由として、ITとか人工知能が進歩していますよね。

そうすると、人手不足になっても、ITとかAIで置き換えることができる。

非正規社員とか新入社員など賃金の安い人は欲しいんだけど、今いる人の給料を上げることには企業は慎重になるという指摘もあるんですが、これについてはいかがですか。

 

森永:現実もそうなっていて、若い人の賃金はほんの少しですけどで上がっています。

ただ、40代50代の賃金はむしろ下がっているんです。

本来であれば、経済学的に言うと、会社の中で勤続年数を重ねていくと、その人に知識とかノウハウなどの人的資本が蓄積していってより有能になるので、給料は上がっていかないといけないはずなのに、実は単純に給料の安い新入社員はどんどん採用するけれど、ある程度力のある中高年はいらないよという方向になっているというのは、それこそが正に企業が働く人を道具だと思ってるからなんだと思うんです。

労働者は、あれこれ判断するのではなく、言われた通りに機械と同じように働けばいい、判断をするのは資本家であり、経営者なんだということが、どんどんおもてに出てきているのかなと思います。

 

キャスター:今のお話は、とかく年功序列というかたちで、どれを批判する向きはありますけど、それを批判するからといって能力まで評価しないというのはおかしいということですね。

 

森永:そうです。

年齢別の賃金を見ると、ヨーロッパは日本と同じように上がりますし、アメリカも緩やかに上がっていくんです。

それはなぜかと言うと、年齢を重ねればそれだけ能力が高くなるという現実があるからなんです。

逆に国日本は、中高年は能力なんかいらないんだ、道具としての従業員がいればいいんだというふうになってきてるんじゃないかと気がするんです。