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働き方改革 医療現場に広がる波紋 ニュース解説

7月19日放送「先読み!夕方ニュース」(NHKラジオ)

解説:堀家解説委員

 

キャスター:働き方改革でいま改めて医療現場の長時間労働が問われています。

政府は長時間労働を是正するため、法律を改正し罰則付きの時間外労働規制を設ける方針ですが、これに対し医療現場からは「一律に規定が適用されると医療の崩壊につながる」といった声が根強くあります。

医師に対する規制の具体的なあり方については、2年後をめどに検討が進められることになっていて、この夏にも議論がスタートします。

長時間労働が常態化している医師の働き方は変わるのか、そして地域医療への影響はどうなるのか。

堀家解説委員と考えていきます。

医師の長時間労働が常態化しますと、患者を救うために働いているお医者さん自身の健康が心配になりますよね。

 

堀家:健康を害するだけでなく、医師が過労死するケースも年5件前後起きています。

今年5月には、新潟市民病院の37歳の女性の研修医が自殺したのは、過労が原因だったとして労災と認められました。

女性の弁護士によりますと、電子カルテの捜査記録から、亡くなる直前の一月の残業時間は176時間と精神疾患でのいわゆる過労死ラインを超えていました。

生涯医師として働きたいと語っていた女性は、亡くなる直前には「人に会いたくない」「看護助手の方が良かった」などと追い詰められていたといいます。

 

キャスター:深刻なケースだと思うんですけど、なぜ病院側はこの女性の異変に気付けなかったんでしょうか。

 

堀家:新潟市民病院は、救命救急の最後の砦とも言われる高度な医療を提供する病院です。

手術の数も多く、専門医の資格取得を目指す研修医にとっては、多くの症例が経験できる病院ですが、その環境が長時間労働を生んでいる面もあります。

病院によりますと、女性の残業時間の申請は月の平均で48時間と176時間とは大きく異なっていました。

病院は、医師の残業について、「業務の専門性が高く、かつ裁量が大きいため」として基本的には医師個人の自己申告に任せていました。

さらに、「電子カルテの捜査記録操作記録から、カルテの閲覧をしていたことはわかっているが、これが業務だったのか、自らの知識を深めたり、技術を磨いたりするための自己研鑽を行なっていたのかわからない」と説明しています。

 

キャスター:病院側は医師の勤務状況について把握していなかったということですか。

 

堀家:労働時間を管理するという考えが欠けていたと思います。

そして、目の前の患者を救いたい、技術を上達させたい、と自分の健康を犠牲にすることを厭わない医師の働き方も課題として浮かび上がってきました。

これは多くの病院に共通することだと思います。

 

キャスター:長時間働いて疲れていらっしゃるお医者さんには、正直自分は診察してほしくないと思います。

 

堀家:実際に医療の安全にも影響が及んでいます。

医師には、病院に泊まって緊急の患者に対応する当直という勤務があります。

日中働いた後、当直を行なって、翌日も通常通りの勤務をして、30時間以上働くこともあるといいます。

日本外科学会が行なった調査では、当直明けに手術を行なった医師の90%近くが質の低下など、当直が手術に影響を与えていると答えています。

医師の長時間労働は、医療の安全にも直結するということを 深刻に受け止めなければなりません。

 

キャスター:当直の疲れが手術にも影響するというと本当に心配なんですけど、こうした医師の働き方はどのように見直せばいいんでしょうか。

 

堀家:いま、試行錯誤している病院もあります。

東京の聖路加国際病院は、去年労働基準監督署の立ち入り調査を受けたのをきっかけに、医師の労働時間の管理を始めました。

医師には応召義務と言って、患者から診察の求めがあった場合に拒んではならないと法律で定められているため、患者の診療に影響しない範囲で労働時間を減らすことにしました。

病院では、独自に基準を作り、患者に関するものは労働時間として認めるものの、研究や学会に向けての準備は認めないと決めて、残業については必ず上司の許可を得た上ですることを徹底しました。

また、労働時間が長くなる傾向の若手の医師を休ませるため、休日の勤務を40代や50代のベテランの医師に代わってもらうことにしました。

 

キャスター:そうした措置を通じて効果はあったんでしょうか。

 

堀家:一定の効果はあったということですが、それでも限界があるとして、医療の提供そのものも見直さざるを得なくなりました。

夜間、救急患者に対応する医師の数を減らし、土曜日に開設する診療科も削減しました。

これまで患者の家族の求めに応じて行なっていた手術などの説明も、夜間は取りやめて、医師の負担を減らしました。

これに対し、学校や会社を休まなくて済むよう、これまで通り対応してほしいという意見が寄せられているということですが、病院は医師の労働時間を短縮するためだとして、理解を求めています。

今は苦肉の策として始まった試みですが、医師の数が比較的多く、近隣にも多数の医療機関がある都心だからこそできた対策だと思います。

もし、近隣の医療機関も同様の対策をとったら、さらに患者に影響が出かねないため、地域の医療機関同士の連携も必要になってくるでしょう。

 

キャスター:医療の質を落とさないこと、そして医師全体の労働時間を短縮して、医師の健康を守る。

両方大事なことだと思うんですけど、これを両立させるためには、どうしたらいいんでしょうか。

 

堀家:医師の数を増やすべきだという声もあるんですけど、それには時間がかかります。

今の限りある医療資源を効果的に活かすため、医師不足が深刻な地域では救急病院を集約することや、大きな病院に患者が集中しないよう継承の患者はかかりつけ医に診てもらうなど、医療機関の役割分担を強化することが必要だと思います。

また、医師の業務を看護師など他の職種にシフトし、一人一人の医師の負担の軽減も検討しなければなりません。

これまで何度も必要性が取り沙汰されてきましたが進んできませんでした。

この機会に知恵を出し合って、その地域に合った医療の提供体制を整備する必要があります。

そして、私たち自身の意識も変える必要があります。

日本の医療は国民皆保険制度の下、受診する医療機関を自由に選択できるフリーアクセスが最大の特徴です。

低い窓口負担がコスト意識の低さを招き、いつでもどこでも診てもらえるコンビニ受診につながっているという指摘もあります。

便利さの追求が医師の長時間労働や医療現場の疲弊を招いていることにも目を向けなければならないと思います。

医師の働き方改革は、医療のあり方そのものを見直すことにつながります。

困った時に頼りになる医療を守るため、限りある医療資源について私たち自身が考える時に来ていると思います。