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農業競争力強化支援法で農業は活性化するか

NHKマイあさラジオ「社会の見方・私の視点」 5月22日

解説:農業ジャーナリスト青山浩子

 

司会:肥料や農薬などの農業資材や流通加工分野の業界再編を促す農業競争力強化支援法が5月12日の参議院本会議で可決成立しました。

 

政府が去年まとめた農業改革策の一環ということなんですけど、この法律のどんな背景があったんでしょう。

 

青山:日本は肥料・農薬・農業機械・畜産のエサ、すべて国際的に見て、価格が高いと言われていました。

 

何故かということで、農水省が調べたところ、メーカーが多すぎる、乱立している、作っている肥料や農薬の種類も多すぎて似たような商品をいろいろなメーカーが作っていて効率が悪いのでコストがかかっていて、結果的に製品の価格が高い、それが農家に負担を強いている。

 

あとは農産物の流通の方も同じように、流通にかかわっている業者がたくさんいて、それぞれ手数料を取っているので、そこで生産資材業界そして農産物の流通業界両方に業界の再編を求めてスリム化をしなさいというような背景があったようです。

 

実はこの法律は、農協の改革を促している法律でもあります。

 

何故かというと、肥料の7割そして農薬の約6割は農協を経由して流れています。

 

したがって、肥料や農薬を作っているメーカーだけではなく、そこの流通に携わっている農協組織にも改革をしなさいと言うことが暗に示されているわけです。

 

実際に地域の農協を束ねている全国組織であります全農が肥料の数を絞り込んだり、今まであまり力を入れてこなかったジェネリックの農薬も扱いを強化したり、すでに政府に言われたことを率先して受け入れて改革に乗り出しておりまして、こちらについてはある程度肥料や能格の価格の引き下げということにつながっていくと思いますので、効果は表れていくと思います。

 

司会:今回の法律は今までにない非常に広い分野をカバーして農業を支援していこうという姿勢が見えるんですけど。

 

青山:そうですね。今回の農業競争力強化支援法というものは、資材の低減・価格低下ということに焦点を当てているので、そっちに関しては自分は関係ないという農家もいるんですが、そのほかの法案を見ると、収入が下がった時、今までは災害が起きた時にはある程度保険によって収入が支えられたんですがそれ以外の相場が下がった時にも収入が補てんされるという新たな制度ができましたし、若い人が教育を受けるためのプログラムも提供されているので、全体で見たら今までにない手厚い農業支援策ではないかと思います。

 

ただ、私が思うには、そんなに1年2年で価格が下がったというような効果が表れるとは思っておりません。

 

それよりも、農村では高齢化・後継者不足が恐ろしいスピードで進んでおりますので、その農村現場のスピードに今回の改革が追いつくことができるかなと思うと、私は現場の方の生産力弱体化のスピードの方が速いと思いますので、残念ながらもっと早くこういった制度を作っておけばよかったのになと、遅きに失した感じを受けています。

 

司会:農家の現場の方はどう受け止めていらっしゃいますか。

 

青山:意外と冷めた見方をしています。

 

去年、農業競争力強化プログラムが出た後、取材に行くたびに、このプログラムについてどう考えていますかということを聞くんですが、「いい法律だよ」「いいプログラムだよ」という人はごく少数派で、そうじゃないという農家の方がむしろ多いようです。

 

良い反応をしなかった農家の理由というのは、違う課題があるんですね。

 

資材だけではなくていろんな課題を持っているので、その課題を一つの生産資材の価格低減だけで解決できるわけではないので、所得向上の一つの要因にはなるかもしれませんが、それで農家全体の所得が上がるとか、農業が再生するというほど伝家の宝刀ではないのかなと思います。

 

司会:今回の法律は、これから農業を持続的に続けていこうという中小の農家の問題解決・要望には応えられそうな法律であるということですか。

 

青山:そうですね。一人では難しい、そして家族でやっている、営業だったり資材の価格を交渉して引き下げてもらうということができないという農家もたくさんおられますので、そういう人にとっては今回の政策はベースの部分で経営を支える法律になっていくのではないかと思います。

 

農業全体で見ますと、すでにやっている農家が大半なんですけど、コスト削減というのは非常に緊急の課題であります。

 

特に稲作は機会が非常に高額で、乗用車の10倍20倍するような農業機械を使っていて、この負担が重いという農家が多いわけです。

 

ですからそこが、機械業界が再編されて価格が下がっていくようなことになればメリットは大きいと思います。

 

もう一つ、コメは輸出の可能性が有望だと言われておりますが、価格が高すぎると海外から言われておりますので、そのあたりもコスト削減が輸出の拡大というところにつながっていくのではないかと思います。

 

ただ、申し上げたように、農家はいろんな課題を抱えているので、今回の法律だけがいきなり農業の所得向上とか成長産業化というところにストレートにつながっていくのかというと、それはちょっと怪しいのではないかと思っています。

 

司会:その課題解決には何が必要なんでしょうか。

 

青山:私は、いわゆる成長産業化を政府は言っておりますが、農業を成長させている農家は「国の支援はいらない」と思うんですね。

 

自分で資材のコスト削減もメーカーと直接交渉したり、あるいは問屋さんを入れない形で購入したりして努力をしていますし、あるいは自分の農産物をより高く買ってくれるお客さんを自分で探しているということをやっています。

 

そういう人にとっては、政策の支援は必要なくなっていくのではないかと思います。

 

逆に、そういうことがなかなかできない生産者が割合としては圧倒的に多いと思います。

 

そういう人にとっては、こういった生産資材の価格低減とかいろんな収入補てん等というのは役立つと思います。

 

また、成長という言葉を農家の方では受け止め方がそれぞれで、非常に効率の悪いところでやっている生産者にとっては成長どころか持続そのものが大変な状況にあると思います。

 

もう一つ、消費者にとっても農業が成長していくというよりは、国内で自分が食べたい安心安全な農産物がこれからも生産されて行くのだろうか、これだけ農家が減っていると、高齢化が進んでいると言われている中で、将来にわたって国産で食料が手に入るのかどうかという持続性を心配している消費者の方が圧倒的に多いと思います。

 

司会:では今回の法律はそれには答えられそうですか。

 

青山:自由に活発にやっている生産者は勝手にやってくれるというのが私の願いでありますが、それがまだ出来かねている生産者にとっては今回の8つの法案が出ているんですが、非常に多角的に農業を持続させようとか支えようという法案になっていると思いますので、そういう人たちにうまく政策が地方の生産現場まで届いていけば有効な政策になると思います。

 

ただそれを使いこなすのは生産者本人なので、政策ができたら農業が元気になるのではなく、その政策をいかに使いこなすかという農家の知恵も必要になってくると思います。