シリアの人道危機 どう打開するか
2018年3月6日放送 NHKラジオ「先読み!夕方ニュース」
解説:出川展恒解説委員
内戦が続くシリアの首都ダマスカスの近郊の東グータ地区にいま世界の目が注がれています。
アサド政権による攻撃で子供を含む多くの犠牲者が出ていて、国連のグテーレス事務総長が「この世の地獄」とまで呼ぶ、極めて深刻な人道危機が起きています。
国連の安全保障理事会は先月24日、30日間の停戦を求める決議を全会一致で採択したものの、その後も戦闘はやまず、停戦が実現する見通しは立っていません。
東グータ地区をめぐる状況を中心にシリアの人道危機をどう打開すればよいのか聞きます。
まず、いま東グータ地区でそれほど激しい攻撃が行われているというのはどういうことなんでしょうか。
出川:
まずこの東グータ地区なんですが、首都ダマスカスに隣接していて、およそ40万人が暮らしています。
7年前に内戦が始まって以来、反政府勢力が支配し、アサド政権が支配している首都を攻撃する拠点となってきたんです。
シリアの内戦全体像なんですけど、去年の秋に過激派組織ISが事実上シリアから排除されまして、現在はアサド政権側が反政府勢力側との戦いで圧倒的優勢に立っています。
ただ一言で反政府勢力と言いましても、様々な背景や思想を持つ数多くの組織・集団をひとまとめにしてそう呼んでいるにすぎません。
アサド政権から見ますと、東グータ地区はいわばのどに刺さった骨です。
ここを制圧さえできれば反政府勢力側の首都攻撃を防ぐとともに、内戦に勝利できると、そう考えて東グータ地区に容赦ない攻撃を加えているんだと思います。
実際にはどんな攻撃が行われているんですか。
出川:
アサド政権軍は地上からの攻撃、戦闘機を使ったミサイル攻撃に加えて、樽のような容器に大量の火薬や金属片を詰めたいわゆる樽爆弾を空から投下しています。
これは非常に破壊力が強く、無差別に人を殺傷するきわめて非人道的な兵器とされているんです。
現地で人道支援活動を行っている国際機関やNGOは、住宅や学校に加えて、いくつもの病院が意図的に攻撃されている。そのためにケガ人の治療ができなくなっていると指摘しています。
また東グータ地区では先月、塩素ガスとみられる化学兵器も使用された疑いが強まり、国連などが調査に乗り出しています。
現在東グータ地区はアサド政権軍によって完全に包囲されて、薬も食料も届けることができない状態が続いていまして、ユニセフによりますと、多くの子どもが危機的な栄養失調に苦しんでいます。
そして内戦の情報を集めているシリア人権監視団によりますと、2月18日から3月5日までに750人以上が犠牲になり、そのおよそ4分の1が子どもだということなんです。
この東グータ地区について国際社会ではどのように見て、どう対処しようとしているんでしょうか。
出川:
とにかく一般市民の犠牲を顧みない攻撃の仕方が国際社会の強い非難の的となっています。
そしてアサド政権を強力に支援しているロシアも、その攻撃を黙認するだけでなく、自らも攻撃に参加しているという批判を浴びています。
国連のグテーレス事務総長は、「今こそこの世の地獄に終止符を打つべき時だ。すべての勢力が人道上の義務を果たし、市民の生命を守るよう求める」と訴えました。
これを受けて国連安全保障理事会では、先月の24日停戦決議が採択されました。
東グータ地区だけではなく、シリアの全土で各勢力が少なくとも30日間戦闘を停止して、その間に必要とされている地区に国連などが人道支援物資を届けてケガ人・病人を退避させるという内容です。
反政府勢力側もこれを受け入れる姿勢を見せたけれども、それから10日経ちましても停戦は実現していません。
むしろ東グータ地区では、アサド政権側の攻撃が一層激しくなっているんです。
それが採択されたのになぜ停戦にならないんでしょうか。
出川:
この安保理決議自体がいわば妥協の産物でして、その決議の内容自体に問題があるからです。
と言いますのは、過激派組織のISやアルカイダなどのテロ組織を停戦の対象から除外しているんですけど、このテロ組織の定義が大きな問題となっています。
アサド政権側は、反政府勢力全てがテロ組織だと主張して、ロシアもこれを支持しています。
確かに反政府勢力の中にアルカイダ系の武装組織も含まれているんですけど、アサド政権側はそれを口実にして、東グータ地区への攻撃を強化して、停戦が一向に実現しなくなっています。
安保理決議の採択後、今度はロシアの提案で、先月の27日から東グータ地区で日中の5時間に限ってアサド政権側が攻撃を停止することになりました。
この5時間の間に住民を退避させて、人道支援物資を運びこむ狙いなんです。
ロシアとしても国際社会からの非難にある程度は耳を傾けざるをえなかったと見られています。
この5時間の時間を限った停戦、これは一定の効果があるんでしょうか。
出川:
まだ残念ながらほとんど効果が上がっていません。
アサド政権とロシアは東グータ地区の住民を退避させるための避難路を設けたんですけど、これを使って退避したという住民はほとんどいないんです。
と言いますのは、やはりアサド政権は信用できない、そして恐れているということなんですね。
アサド政権側は、反政府勢力が住民をいわゆる「人間の盾」にしていると非難したうえで、空爆を続けています。
また、東グータ地区に地上部隊を侵攻させていまして、すでに地区全体の3分の1以上を制圧したと見られています。
3月5日、支援物資を積んだ国連などのトラック40台余りが初めて東グータ地区に入ることができました。
しかしアサド政権側は、積み荷を厳しくチェックし、一部の医薬品の搬入を禁止するなどしたため、作業ははかどらないまま、物資を住民に配布し終わらないまま撤収しました。
多くの専門家の見方ですけど、アサド政権側がおととしの12月に反政府勢力側から奪還した北部の主要都市アレッポと同じやり方で東グータ地区をしようとしているのではないかと見ています。
すなわち反政府勢力が住民を「人間の盾」にしていると非難して、そのうえで地上部隊を侵攻させて、一気に制圧するやり方です。
国連の人道調整官が4日、国連安保理決議が求めている停戦は実行されていないばかりか、暴力がますますエスカレートしていると強い危機感を示しています。
一方アメリカのトランプ政権は、やはり4日、アサド政権およびこれを支援するロシアとイランを名指しして、東グータ地区への攻撃を続けていることを強く非難する声明を出しました。
シリアの人道危機を打開するために具体的にはどうすればいいんでしょうか。
出川:
非常に困難な状況なんですが、国際社会の監視の下、東グータ地区など戦闘の激しい地域を優先的に、まずは部分的な停戦を段階的に進めるしかないと考えています。
地域あるいは時間を限定した停戦を確実に実行させて、一般市民の命を救う支援活動を十分に行ったうえで停戦の対象範囲を広げていくやり方です。
しかし現在のシリア、それさえもままならない極めて深刻な状況です。
これまで中立的な機関、たとえば国連などが停戦を監視し、違反を処罰する体制がなかったためなんです。
そもそもシリアの内戦には、外国から様々な勢力が介入していることが停戦の実現を阻む大きな障害となっています。
いま毎日のように多くの子どもが命を奪われ、傷つく様子を撮影した映像が世界中にインターネットなどで広がっています。
そこには「私たちを見捨てないで」と訴える声もあります。
国際社会全体がシリアで起きていることを厳しく監視し続けて、当事者そして関係国に停戦を守らせるよう、国際世論の圧力をかけることが大切です。
とりわけアサド政権の後ろ盾となっているロシアやイランがアサド政権を強く説得しない限り停戦の実現の見通しが立ちません。
何の罪もない人々を見殺しにしてはならないというのが、何よりも優先されなければならない差し迫った課題だと言えます。