トランプ大統領 高関税と自由貿易の行方
2018年3月5日放送 NHK先読み!夕方ニュース
解説:神子田解説委員
トランプ大統領が打ち出した一方的な輸入制限措置が世界の自由な貿易を危機に陥れようとしています。
自由貿易体制を守るために世界はどう対応すべきかを考えます。
神子田さん、事の発端となったアメリカの輸入制限措置、まさに「殿御乱心」とも言えるんですけど。
どういうものなんですか。
神子田:通商の政策の常識ではあまり考えられない一手なんですね。
トランプ大統領は、中国で過剰に生産された鉄鋼製品がアメリカに不当に安く輸入されているのは、安全保障上の脅威だとして、鉄鋼製品に25%、アルミ製品に10%の関税を課すと表明しました。
通商上の問題でなぜ安全保障という理屈を持ち出したかといいますと、まず海外からの安い製品の輸入で鉄鋼メーカーの存立が脅かされていると。
この鉄鋼製品というのは戦闘機や軍艦の製造に使われる重要部品だと。
こうした兵器の原材料を自国で調達できなくなるのは安全保障上の問題だということです。
今回の措置は50年余り前に作られたアメリカ通商拡大法232条に基づいていますが、歴代の政権は外部からの検証が難しい安全保障を理由に輸入を制限すると、相手国も同じ安全保障上の脅威を理由に対抗措置をとる可能性があるとして、発動に慎重な姿勢をとってきました。
しかしトランプ大統領は、秋の議会の中間選挙を控えて、中西部の鉄鋼産業などの労働者を海外製品から守る政策を打ち出すことで、与党共和党の支持を固めたいとの思惑があると思います。
中国がターゲットとしてるんだったら中国に絞ればいいと思うんですけど、なぜ日本など他の国も対象になるんでしょうか。
神子田:おっしゃるとおりですね。
中国は不当に安い製品ということではターゲットには違いないんですけど、実際にアメリカの鉄鋼製品の輸入に占める中国からの輸入品の割合は去年1年間で数量ベースで見ますと、3.4%程度とあまり多くないんですね。
その一方で、アメリカの鉄鋼業界は、アメリカ国内にある工場の稼働率を80%まで引き上げたい。そのためには輸入全体の3分の1くらいを止める必要があるということで、全ての国が対象となるということです。
日本にはどんな影響が出て来るんでしょう。
神子田:去年1年間でアメリカへ輸出された鉄鋼は鉄鋼製品の輸出全体の6%程度、アルミの輸出額はアルミ輸出全体の10%近くを占めています。
日本が対象となりますと、アメリカに鉄鋼製品を輸出しているメーカーを直撃するということがあるんですが、このほかにもアメリカに輸出されていた製品が、アメリカに輸出できなくなって、アジアに流入することになりますと、アジアでの供給が過剰になって、価格が下がって、ここでまたメーカーの業績にマイナスの影響を与えると。
さらに、今回の措置の影響は鉄鋼メーカーだけにとどまりません。
トランプ大統領の一連の発言を受けて、外国為替市場では円高が進んでいます。
これはなぜかといいますと、アメリカは日本に対しても巨額の貿易赤字を抱えています。
アメリカ政府は今後、円安は日本からアメリカに輸出したときに有利になりますので、その円安を許さないという姿勢を強めるのではないかという思惑が広がって、円高になっているんですね。
今後も円高傾向が続くことになれば、日本経済全体が打撃を受けることになります。
これは日本だけの問題ではなくて、他の国からも批判の声が上がっています。
神子田:主なターゲットとされた中国は、自らを守るために一方的な制限措置をとるべきではないと批判しています。
EUも国内産業を保護するためのあからさまな介入だと指摘するなど、各国から批判の声が上がっています。
中でもEUは、執行機関であるヨーロッパ委員会のユンケル委員長が、もしアメリカが実際に措置を発動した場合は、アメリカから輸入される高級オートバイやジーンズ、バーボンといった幅広い報復関税を検討する考えを表明しました。
これに対してトランプ大統領はツイッターで反応して、もしEUがアメリカの企業に対して関税をさらに増やしたいというんだったら、アメリカに輸入される自動車に税を課すだけだ、と述べて、売り言葉に買い言葉で貿易戦争も辞さない姿勢を示しています。
こうした報復合戦は、自由貿易を危機にさらすことになります。
アメリカの一方的な措置に各国が報復関税で対抗すれば、世界の貿易は縮小し、輸出できなる各国の景気を冷え込ませるということになりかねません。
それを敏感に感じ取っているのが株式市場です。
1日のニューヨークの株式市場は、トランプ大統領が輸入制限を表明したと伝わった直後、500ドル以上も値下がりしました。
さらにその翌日も一時400ドルも値下がりするなど、大きく動揺しています。
貿易戦争が世界経済を落ち込ませることが懸念されているんです。