東芝メモリ売却をめぐる世界企業の駆け引き NHKマイあさラジオ
NHKマイあさラジオ「社会の見方・私の視点」6月2日放送
アナウンサー:経営再建中の東芝は、5000億円を超える債務超過を回避するために、半導体子会社の東芝メモリの売却を目指しています。
先月19日には、2回目の入札を締め切りました。
東芝本体は、今年度中に東芝メモリの売却を完了して債務超過を回避しないと大変厳しい状況におかれますね。
湯之上:その通りです。上場廃止にもなりますし、経営破たんする可能性も非常に高まってしまうと思います。
アナウンサー:この東芝メモリ売却におけるポイントはどこにあるんですか。
湯之上:そのポイントは3つあります。
まず第1に、東芝が要求する2兆円を用意できるかどうかということです。
第2に、独占禁止法という問題があります。フラッシュメモリを作っている同業他社による買収は、この独占禁止法に抵触します。
独占禁止法に抵触すると各国の司法省で審査を受けなければなりません。
この審査には非常に時間がかかるうえ、許可が下りないかもしれないんです。
第3は、外為法に違反するかどうかということです。
日本政府は、フラッシュメモリが軍事技術に転用される可能性があるとして、中国・台湾・韓国への売却を外為法違反で阻止する意向を発表しました。
したがって東芝メモリを買収しようとする企業は、この3つのポイントをクリアしなければならないんです。
アナウンサー:5月19日の2次入札に参加したのは、4つの陣営だったわけですけど、このポイントをクリアするために、あの手この手を考えているようですね。
湯之上:例えば中国に工場のある台湾の鴻海にとって唯一の障害は外為法違反に引っかかることです。
しかも日本政府は罰則をより厳しくした改正外為法を閣議決定して、今月の国会で法律として成立させる予定です。
これは東芝メモリを絶対鴻海に買わせないという日本政府の強烈な意志であるように見えます。
そこで鴻海は、これを回避するために、本当にあの手この手の手段を考えだしました。
まず買収の筆頭会社にシャープを前面に押し出すことにしました。
実際シャープは3000億円程度を出資します。
アナウンサー:シャープというのは鴻海の傘下にある会社ですね。
湯之上:その通りです。
次に、アップルも出資する模様です。
アップルのスマホは鴻海が組み立てているんです。
ですから仲間なんです。
つまり、鴻海はその背後に隠れて黒子に徹することにしたわけです。
日米が買収するなら、外為法は問題ないだろうという考えなわけです。
さらに、ソフトバンクの孫正義社長に日本政府へのロビー活動を依頼しているという話も聞こえてきます。
そのうえでさらに、アメリカに新たにフラッシュメモリの工場を建設するということを発表しました。
国内の雇用を重視するアメリカ政府特にトランプ大統領にも支援してもらうということが目的であろうと考えています。
アナウンサー:本当にいろんなことを考えるんですね。
一方で、アメリカのウエスタン・デジタルという会社、この会社は現在東芝と提携してフラッシュメモリを作っている会社ですけど、いわば身内のウエスタン・デジタルが今回の売却をめぐって東芝と対立していますね。
湯之上:そうなんです。
ウエスタン・デジタルの最大の問題は、東芝メモリを買収するための2兆円が準備できないことにあるんです。
東芝と17年間フラッシュメモリを共同で開発し生産し続けてきたサンディスクを、昨年190億ドルで買収しました。
そのために金がなくなってしまったんです。
でも、このウエスタン・デジタルは現在の生産体制を維持したいこと、東芝メモリを誰にも渡したくないことのために、この買収・売却に反対しています。
ウエスタン・デジタルは、東芝メモリの売却が共同開発や生産の契約に違反していると主張しているんですね。
この売却の差し止めを求めて、国際商業会議所というところの国際仲介裁判所に申立書を提出しました。
つまり、両者の争いは、とうとう国際裁判沙汰になってきたわけです。
この裁判は、和解までに非常に時間がかかります。
たとえば過去に、スズキ自動車とフォルクスワーゲンの提携解消をめぐる紛争がありました。
この紛争は和解までに4年もかかりました。
本当に裁判になると、和解までに少なくとも数年はかかることになります。
アナウンサー:先週、東芝とウエスタン・デジタルの社長同士が会談をしましたね。
湯之上:そうですね。
今後も協議を続けるということについては合意をしたようです。
しかし、2兆円以上で東芝メモリを売却したい東芝と、その売却は契約違反であるとするウエスタン・デジタルの主張は依然として平行線のままです。
ところが、このようなことで時間を費やしている場合ではないのです。
メモリビジネスというのは、ある半導体製造装置メーカーの元会長の言葉を借りれば、F1レースのような狂気のスピード感覚のなかで、たとえば1兆円規模の投資判断を迅速に行わなければいけない産業なんです。
そんななかで、もし数年もかかる裁判などになってしまったら、この東芝とウエスタン・デジタルのメモリビジネスは、両者の意向が統一できず、開発も投資も滞ってしまって、ついには死に至ってしまうだろうと予測できます。
アナウンサー:本当にスピード感が大事だということなんですね。
湯之上:そうなんです。
アナウンサー:では、停滞している場合ではないと。
湯之上:はい。
アナウンサー:これを機に、競合他社も動いてくるでしょうね。
湯之上:その通りです。
フラッシュメモリのチャンピオンであるサムスン電子は最近、半導体の投資額を、昨年より1兆円増額して、2.4兆円にするということを発表しました。
このうち私の予測では、1.4兆円を最新のフラッシュメモリに使うと思っています。
これは、東芝メモリとウエスタン・デジタルの合計の投資額の5倍以上になるとてつもない金額です。
しかも関係筋からの情報では、このとてつもない投資を最低4年続けるということを発表しているようです。
これは、大規模投資を敢行して一気に東芝を突き放す戦略に出たのだと思います。
サムスンは過去にも、1990年代に、DRAMという半導体メモリの分野で、日本半導体企業全体の投資額をはるかに上回る巨大投資を行って、日本企業を一気に突き放して、日本のDRAM企業を壊滅させた実績があります。
それと全く同じことを今サムスン電子は行おうとしていると思われます。
アナウンサー:ますますこの争いを早く収めないといけないということだと思うんですけど、東芝とウエスタン・デジタルは、折り合いそうですか。
湯之上:5月24日のトップ同士の会談では、ケンカの第1ラウンドが終わって、一時休戦になったかに見えました。
ところが、第2ラウンドのゴングが鳴ってしまったように思います。
おととい(5月31日)東芝は、分社化した東芝メモリを、一旦本社の事業へ戻したようなんです。
東芝は、メモリ事業を売るために、この事業を切り離して東芝メモリという会社を作って、つまり分社化して、その会社を売ろうとしていました。
この分社化自体をウエスタン・デジタルが契約違反だとス徴していたんです。
それならばということで、東芝は一旦本社の事業へこのメモリ事業を戻したんです。
これによって、ウエスタン・デジタルの、分社化は契約違反だという主張は無効であると、東芝は言いたいわけです。
ところが東芝は、メモリ事業を売ること自体は契約違反ではないとは一切譲りません。
で、実行に移すと強硬に主張しています。
一方のウエスタン・デジタルは、東芝のメモリ事業の売却が契約違反だという主張を一切譲りません。
一部の報道によれば、国際裁判の申請も取り下げない以降のようです。
したがって、両者は今のところ和解する気配は見えない、というのが現状です。
アナウンサー:自体が深刻で複雑だということがよく分かりました。