日本の科学研究低迷の背景にあるもの 社会の見方・私の視点
大阪大学大学院医学研究科 教授 医学博士 仲野徹
キャスター:先月、国立研究開発法人の科学技術振興機構というところが科学研究論文について日本は低迷しているという調査を発表しました。
これに限らず同じような調査やレポートが最近立て続けに出ていますね。
仲野:科学技術振興機構の調査は、日本・アメリカ・中国・イギリス・ドイツ・フランスこの科学の先進国6カ国での比較になります。
2015年の時点でコンピューター科学・数学・工学などでは、驚いたことに中国が首位に躍り出ています。
アメリカが環境地球科学などで首位です。
日本は残念ながら、得意とされている科学の分野でも5位、他の分野も軒並み5位ないしは6位と先程の6カ国の中ではほぼ最下位に近いことになります。
3ヶ月ほど前に、イギリスの科学誌ネイチャーでも、同じような調査が報告されたんですけど、過去10年間で日本の科学は失速しているというタイトルがつけられているぐらいです。
ですから、ここのところノーベル賞を立て続けに日本人の科学者が受賞して、非常に喜ばしいことなんですけど、あれはあくまでも過去の業績に対するものであって、現状この10年ぐらいはかなり心許ない状況にあると考えていいと思います。
キャスター:この低迷の背景としてはどんなことが考えられますか。
仲野:一言で言うと一番大きいのはお金ということになると思います。
国立大学に関しましては、過去10年間ぐらい毎年1%ずつ運営費が減らされて来て、人件費を減らさざるを得ないところまで来ているということがあります。
それから大学のお金だけでは研究できないので、競争的資金と呼ぶんですけど、その研究費を申請して頂くわけですけど、そういった研究費もおよそ過去10年間ぐらい横這いです。
横這いというといいじゃないかと思われるかもしれませんけど、科学は非常に大型化して来ていますので、他の国が研究予算を増やしているところで横這いなので、相対的には低下しているということになります。
そういったところが大きな問題かなと思います。
大学の方は、常勤を減らしてますので、非常勤の方が増えて、そうなると若い人にしわ寄せがいってしまう状況になっています。
キャスター:お金の絶対量が足りないというのが理由としてあるということですね。
そのほかには背景としてどんなことが言えますか。
仲野:絶対量が足りないところへ持って来て、研究の大型化が進んで来ていますので、重点配分分野というのがどうしても必要になって来ます。
そうしないと他の国に勝てないということになります。
日本の場合IPS細胞とかにたくさん研究費が行っています。
研究費が横這いの状態で、そういうところへたくさん行くと、どうしても他にしわ寄せが来るという状態になります。
ノーベル賞を取られた大隅先生の例などでもわかりますけど、科学というのは将来どうなるかなかなかわからないという側面があります。
大型研究費はどうしても流行りの目処がついた用のところに出される傾向が強くて、本当のイノベーションが起こりうるような分野に対しては比較的出しにくい状況にあります。
そういったところが、将来的に発展する芽を伸ばせない可能性があると思います。
キャスター:そうした状況がある中で、どんなことをしていかないといけないとお考えでしょうか。
仲野:限られたパイの中で適正に研究費を出せているかということを評価する必要があると思います。
特に、大型プロジェクトの場合に、巨額のお金を出した時にそれに見合うだけの結果が出ているのかということを評価する必要があると思います。
一応の評価はどんなプロジェクトでもされているんですけど、あまりうまくいかなかったという評価を聞かないんです。
ほとんどがうまくいったという評価になっているので、もう少し厳しめの、費用対効果の面から本当にうまくいっているかどうかの評価をする必要があると思います。
大型研究費の場合に、これはやっかみかもしれませんけど、どうしてこの研究にそんなにお金が行くのかという研究がいくつかあったりするわけです。
そういう場合、後から説明責任が生じると思います。
キャスター:正当な投資だったのかどうかをきちんと見極めなければいけない、正当性を担保しないといけないといいことですね。
そうした評価がきちんと機能するには何が必要ですか。
仲野:アメリカの場合は、専門の研究者が集まってディスカッションしながら研究を採択するか決めたりするようなシステムがあります。
キャスター:評価する人同士が集まって、お互いの評価の仕方を評価し合うようなイメージですね。
仲野:そうです。
結局、経験からしか学べないので、本を読んでできるようなものではないと思うんです。
ですから、実地で学ぶシステムが必要かと思います。
キャスター:今は厳しく評価する気持ちがおこる体制になっていないということでしょうか。
仲野:厳しく評価しても、「なんやあいつは」と思われるだけで、何もいいところがないというところがあります。
評価するのは比較的分野の近い人ですから、どうしても遠慮するという面もあります。
キャスター:そうすると、アメリカのような互いに評価を高め合うような仕組みが日本でも大事だということですね。
仲野:そうですね。
そういうふうにみんなが適正な評価をしているというコンセンサスがあると、たとえ厳しい評価を受けても仕方がないと思えるような状態になると思います。