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アメリカメディアの現状と小さな町の新聞社の快挙 ワールドリポート

7月18日放送「NHKマイあさラジオ」

 

キャスター:アメリカのトランプ大統領についてのニュースは日本でも連日伝えられています。

トランプ大統領は、自分に都合の悪いニュースを伝えるメディアを「フェイクニュース」と呼んで攻撃し、メディアも反論する。

そんな光景がお決まりになってきました。

そんな中、こうしたこととは程遠い小さな町の新聞社が、アメリカのジャーナリズムで最高の栄誉とされるピュリッツァー賞を受賞し話題になっているということです。

アメリカ総局の薮内記者に聞きます。

ピュリッツァー賞といいますと、ジャーナリストが目標とする賞だと思いますが、それを小さな町の新聞社が受賞したんでしょうか。

 

薮内:そうなんです。

ピュリッツァー賞は報道や文学など21の部門がありまして、毎年優れた業績を上げた個人や団体に与えられています。

過去には、1970年代にニクソン政権による非合法工作「ウォーターゲート事件」を追求したワシントンポストなど、ジャーナリズムの金字塔となる報道が表彰されてきました。

その中で、今年の論説部門の賞を中西部アイオワ州の農村部にあるストームレイクタイムズという新聞社が受賞したんです。

人口1万人の町ストームレイクというところにある新聞社で、スタッフはわずか10人しかおらず、発行部数も3000部の新聞社です。

アート・カレンさんという60歳の男性記者が中心となっていまして、そのほかに妻や息子が記者として記事を書いています。

 

キャスター:どんな記事で受賞したんでしょうか。

 

薮内:受賞の対象となったのは、地域の水質汚染をめぐる記事なんです。

地域の川にはトウモロコシ畑から肥料が流れ込みまして、水質汚染の原因になっています。

この水質汚染について、地元の自治体が下流で水道を供給する会社から責任を問う裁判を起こされたんです。

その裁判の費用、自治体の弁護費用が肥料メーカーなどから出されていたということをつく止めたというのが受賞の対象となった記事です。

記者のカレンさんは、弁護費用の出所について自治体に問い合わせると「何も言えない」と回答されたそうです。

それで関係者や弁護士に取材を進め調査報道を行なったということです。

この時、肥料メーカー側は自治体が裁判で負けると自分たちにも責任の追及が及ぶ可能性があると考えて資金援助していたと考えられています。

この記事を受けて、資金の提供がストップしました。

連載は8ヶ月に渡って10回続き、巨大な農業関連企業と自治体との癒着を明らかにしたとして、今年のピュリッツァー賞受賞に至ったというわけなんです。

 

キャスター:農業地帯の町にある小さな新聞社が、自治体や資金力の豊富な肥料メーカーとどうして戦うことができたんでしょうか。

 

薮内:この点についてカレンさんに聞いてみますと、「自分たちはあくまで真実を追求するというジャーナリズムの基本に忠実なだけで、やるべきことをやっただけだ。記事を通じて、地域住民ではなくメーカーによって行政が歪められているのはおかしいと伝えたかった」と話していました。

これまでに、記事が気に入らないとして読者を失ったこともあるということなんですけど、地域住民の多くもあくまで事実に基づいて報道するという姿勢を支持しているということなんです。

カレンさんは、「トランプ大統領がどう考えるにせよ、アメリカでは報道の自由は健在だ。報道機関は真実のためにより強く戦わないといけないし、人々は誠実で確実なことを求めている」と話していました。

 

キャスター:同じように報道機関で働く私たちにとっても勇気付けられますね。

 

薮内:私もそのように感じました。

アメリカでは、ネット社会の中で地方の新聞の経営がすごく厳しくなっている上、メディアへの信頼度が下がっているんです。

アメリカの世論調査機関の最近の調査では、テレビのネットワークや大手新聞などの情報を信じると答えた人は、民主党支持者では34%、共和党支持者ではわずか11%でした。

こうした背景に、身近な地方の新聞の衰退があるという専門家もいます。

コロンビア大学ジャーナリズム大学院が発行する雑誌の編集長パイル・ポープさんは、「地元のことを伝えるメディアのない地域が増え、生活感覚からは程遠く、読者や視聴者が事実かどうか判断できない全国ニュースばかりが流れている。その中で事実を伝えていても信じない人が一定数いるという新たな時代になってきている」と指摘していました。

こうした時代だからこそ、地域であくまで事実を重んじる小さな新聞社ストークレイムタイムズのピュリッツァー賞受賞は大きな意味があると受け止められています。

私も取材していまして、彼らの姿はジャーナリズムのあるべき姿、原点を示しているように感じました。