親子断絶防止法の課題
NHKマイあさラジオ「社会の見方・私の視点」 5月17日放送
解説:首都大学東京教授・木村草太
司会:超党派の議員連盟の間で親子断絶防止法という法律を制定しようという動きが出てきています。
この法律はどういうものだと考えればいいんでしょうか。
木村:両親が離婚した場合に子供はどちらかの親と暮らすことになりますが、一緒に暮らしていない方の親、離れて暮らしている方の親が子どもと面会をしようとしたり、あるいはもっと交流できたりする、こういうことを促そうとする法律です。
離婚した後でも、お父さんやお母さんの双方と子供が継続的に関係を維持していくことを促すという基本的な理念を定めておりまして、国や地方公共団体がそれを実現するための具体的な施策を行うこと、啓発活動を行うことなどに責任や義務を定めています。
それから離婚した後に、子供と一緒に暮らしている側の親に対して、離れている親と子供を定期的に面会・交流させるような努力をしようという努力義務を課しております。
こうした法律が出てきた背景には、子供の成育上離婚したとはいえ両親との関わりが重要だという意見、あるいはなかなか離れて暮らす方の親が子どもと会えない現状に対する不満があってこういう法律の必要性があるという声が高まってきているようです。
司会:この法律に対して、木村さんは課題があるんではないかとおっしゃっています。
どんな点ですか。
木村:まず第一に、虐待やDVへの懸念です。
子供と親が面会したり交流する最中に暴力や虐待が行われることは、しばしばあります。
実際今年1月には、面会交流していた時に元夫が元妻を殺害するという事件もありましたし、4月には面会交流中の父親が子どもと無理心中を謀るという事件が起きています。
こうした事件が起きてしまう背景には、子供と会わせると危険な親というのもいるわけですが、親を見張りながら面会交流ができる施設が少なかったり、経済的事情でなかなか利用ができなかったりという事情があったりします。
ですから、今無理やり面会交流を進めてしまうと、こういう悲劇的な事例が繰り返されていく可能性が高いと思われます。
虐待やDVを防ぐには、第三者の監視が入る面会施設をもっと充実させる、またそれが利用するのに躊躇しないように利用料の無償化をするといった対応が必要だと思います。
あるいは、虐待とDVをきちんと認定できるように家庭裁判所の予算や人員というものを充実させる必要があります。
というのは、家庭裁判所の予算や人員が不足していて、会わせると危険な親に会わせなさいという命令を安易に出しているのではないかという指摘もあるところだからです。
法案の原案には、虐待やDVについて規定がそもそもなくて批判を浴びたところです。
そこで現在準備中の法案には、児童虐待防止法とDV防止法の趣旨を尊重するという規定を盛り込まれました。
この点は評価できると思うのですが、しかし、この規定は抽象的なものにとどまっておりまして、面会交流時の虐待やDVを防ぐ具体的な規定がまったくございません。
ですから、こうした具体的な措置でありますとか、予算の措置、そういったものを伴わない形でこの法案を定めてしまうと、DV被害者、虐待被害者が更なる危険にさらされるということもあるかと思います。
もう一つは、子どもを監護する、監護というのは監督して保護している、という一緒に暮らしている親への心理的圧迫の問題です。
もちろん離れて暮らす親御さんが子どもに会いたいという気持ちは本当に理解ができる重要なものかと思います。
しかし他方で、子どもの意思や利益に反する場合に、親と子の面会を強要する、これはまずいわけで、親が子どもに面会を強要する権利というのは、これは親子関係というのはあくまで子どもの利益のためにある関係である以上、親が子に面会を強要する権利はないはずです。
ですからこの問題は、何が子どもにとって最善の利益なのかという観点からのみ検討されるべきだと思います。
そして、離婚のときの監護権を与えられた親、子どもと一緒に暮らす親が、子どもにとって何が最善の利益なのかということを適切に判断する能力があるんだ、だからこそ監護権が与えられているというふうに法的には考えるべきだと思います。
もちろん、離婚をして一緒に暮らしている側の親御さんが「会ってもいい」「合わせるべきだ」と考えて、両者の合意の上で会うというのは今の法律でも十分にできるわけです。
しかし、子どもが心から希望し、客観的にも子供の最善の利益がある場合であれば、子供と同居している側の親は、法的強制や努力義務がなくてもおのずから別居する親との面会交流を認めるはずでしょう。
逆に、現に子どもと一緒に暮らしている親が面会交流を拒むということは、これはやはり、子どもが仮に会いたいと言っていたとしても、あるいは子供がそう言っていない場合もあるんですが、子どもにとって何らかの問題があるというふうに判断しているからこそ、看護している側が面会交流を拒むことになっているはずですから、その意思を尊重しないと子どもの利益に反することが起きる、こうした視点が不足しているというのがもう一つの課題だと思います。
司会:ただ、現実問題としては親同士は感情的にこじれて離婚するケースも多いですよね。
そうしますと、別れた相手に子供を会わせたくないと、子どもにとって何が最善かではなくて、自分の気持ちを優先させることはありませんか。
木村:仮にそのように今子どもと暮らしている親の判断に疑問が残るような部分があったとしても、子どもは育てている親に心理的に負担をかけるということが家庭環境を悪化させて、子どもの利益を大きく害するという視点が重要だと思います。
ですから仮に疑問が残る判断であっても、そこで無理やり面会を強要させる、あるいは努力義務で心理的圧迫を加えていくということになりますと、子どもを実際に育てている親が心理的圧迫を受け、子どもとの関係も悪化するかもしれない。
こういうことを考えると、会わせることを拒んでいる場合にまで面会交流を強制することは妥当ではないと思っています。
実際法案もこの点はどうも考えておられるようで、面会交流をする親の義務というのは、法的拘束力のない努力義務ですから、会わせないとしても罰金とか刑罰とかされることはない、あるいは裁判所が強制的に会わせるということはないような内容になっています。
しかし、であるのであれば、努力義務の規定であっても親に対する直接的な心理的圧迫になるわけですし、別居中の親や周囲の人間が面会交流をさせないということを非難する口実にもなったりしますので、法で強制できないことを心理的圧迫を加えることで実現しようとしている、この法案の狙いというのは筋が通らないのではないかと考えております。
司会:子どもにとっては離婚をしていても、やはり両親がかかわることが成長にとってとても大事だという意見もあります。
それはどうお考えでしょうか。
木村:もちろん、それは子どもにとってはかけがえのない親でありますから、両親がかかわっていくことが理想的だというのは、その通りだと思います。
しかし離婚した場合には、現に監護している、同居して一緒に暮らしている親がいるわけですから、まずその現に子どもがいる家庭の環境を良くすること、これを第一に考えるべきでありまして、そうした問題以前に、親が養育費を払ってくれないという問題が今本当に深刻ですから、この親子の面会交流を強制する前に考えなくてはいけない、子どもの成長にとって考えなくてはいけない問題が山積しているというふうに思います。
司会:同居している親が子どもを虐待しているケースもあると思います。
これについてはどう対処するべきでしょうか。
木村:もちろんそういうケースはございます。
ただ、こういう場合は児童虐待防止法の適用や監護権に関する裁判で解決しないといけない問題です。
というのは、現に同居している親が子どもを虐待しているというケースであれば、児童虐待防止法の手続きに従って引き離すということもできますし、あるいは虐待が認定出来るという場合であれば、現に同居している側の親の方に監護権があるわけですが、この監護権をもう一方の親に渡した方がいいのではないか、という裁判をすることもできます。
そうすると、これは面会交流の強要ではなく、そちらの方向で問題を解決すべきだと言えるのではないでしょうか。