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どうなる?イギリス総選挙 NHKラジオ「先読み!夕方ニュース」

NHKラジオ「先読み!夕方ニュース」6月5日放送

解説:東京外国語大学教授 若松邦弘 ;百瀬好通解説委員

 

百瀬:本題に入る前にお伺いしたいんですが、先日イギリス・ロンドンの中心部でテロがありましたね、あのテロは今回の選挙に影響があるんでしょうか。

 

若松:はっきり申し上げると、分からないというのが本当のところです。

と言いますのは、長い目で見れば治安が悪化したという点において与党保守党に対して不利になると思うんですけど、与党保守党と労働党という2大政党の対立の中では、伝統的には保守党の方が治安対策に厳しいという点で政策への信任が世論から大きいんですね。

そうしますと、短期的にはおそらく保守党の方に支持が行くと、それが3日後の段階でどうなっているのかというところで有利か不利かという話です。

 

百瀬::治安が不安定な中で投開票日が延期されるとか、そういう可能性はないですか。

 

若松:それにつきましては報道の面では流れているんですけど、政府の方は否定していて、8日に予定通りやるという言い方をしています。

 

百瀬:今回の選挙は、メイ首相が議会を解散した結果の選挙なんですけど、イギリスには5年の任期を全うするために議会は解散しないというルールがあったんですが、それにもかかわらず選挙に打って出た、この思惑はどこにあるんでしょうか。

 

若松:おっしゃる通り5年の固定任期になってるんですけど、議会の自主解散というのができるわけですね。

議員の3分の2が賛成すれば解散できると。

それを議院内閣制ですから与党・メイ首相の政党が仕掛けて、解散することになったんですけど、もともとは首相は解散するつもりはなかったんです。

解散する必要がないというのが正確なところだと思うんですけど、ですがご存知の通り、EUからの離脱に関する交渉の中でイギリス側として内閣が主導権を握って交渉をするのか、それに対して議会の信任が必要なのかということが問題になりまして、最高裁に持ち込まれた結果、議会の合意が必要だということになって、そうしますと、議会でメイ首相の政党は過半数をわずか5議席しか超えていない、そうすると今後、EUとの交渉が終わった後の承認の時点で採決が行われると5議席では非常に不安なわけです。

ですから、機会を見て解散しようと。

今考えてみますと、今回4月に解散を決定した時には、与党・保守党と第1野党・労働党の支持率の差が20ポイント離れていて、絶対勝てると大勝できるという心づもりでやったんですね。

また、経済指標なんですけど、去年以来ポンドが下がったことによって、輸出が伸びて景気が良くなっていたということがあります。

そのメッキが春になってはがれてきて、これから経済指標が悪くなってくる様相が見え始めたので、ここが最後のタイミングだったのだろうと思います。

 

百瀬:日本から見ていますと、イギリスのEU離脱の仕方が今後どうなるかというのが注目点なんですけど、このEU離脱については選挙戦ではどういうような形で争われているんですか。

 

若松:外から見ると確かにこれが最大の争点に見えるんですけど、イギリス国内的に見ました場合は、意外なことにEUがあまり争点になっていないというか持ち出されていないということなんだと思います。

保守党・労働党双方に持ち出したくない理由があるんだろうと思うんですけど、保守党の方は、最初の段階で大幅に支持率でリードしていましたからこれ以上波風を立てたくないと、どうしてもEUの問題を持ち出してくると残留派という人たちがいますので、国論が2つに割れてしまうと、ですからこれをやりたくない・持ち出したくない、それで勝てると。

野党の労働党の方も、こちらは与党以上に党内が離脱・残留で割れていますので、これを持ち出してしまうと内部が大変なことになってしまうというのがあって、2つの主要政党とも持ち出したくないということだと考えます。

 

百瀬:先ほどお話があったんですが、当初は与党の保守党が大きくリードしていたんですけど、終盤に来てその差は急速に縮まっていますよね。

これはどういうふうにご覧になりますか。

 

若松:ひとつは、メイ首相に対する信任が国民の間で若干蜜月が過ぎて失われつつあるのかなと、とりわけ今回、総選挙をやらないと再三言っていたんですけど結局やることになってしまったというところで信頼度できるのかどうかということがひとつだと思います。

もう少し考えますと、保守党が油断してしまったんだろうと、支持率が高かったので。

そう意味で守りで選挙に入ってしまったということでしょう。

その間隙をぬって、保守党にとってあまり持ち出されたくない福祉の問題、これは労働党の方が強いんですね、この問題が争点として浮上してしまったんですね。

それは、保守党が公約で高齢者に痛みを与えてしまうような形の政策を社会福祉に関して出してしまった。

それに対して、本来高齢者は比較的保守党の指示層なんですけど、その層の離反が起きているという意味での油断・自滅が言えるだろうと思います。

あとは労働党の方ですけど、今申し上げた意味合いにおいて、社会福祉が注目されたことによって自分の得意なフィールドに引き込むことができていて、実際公約を見ますと多少バラマキの感が否めないのですけど、ご存知かもしれませんけど、2008年の金融危機以降イギリスの経済は財政緊縮策で疲弊していますので、このような労働党の政策が受け入れられる素地があるということですね。

あともう一つは、この5月に総選挙に先立って地方議会選挙がイギリスで行われたんですけど、この時に保守党が大勝利を収めたんですね。

その危機感から、野党の票が労働党支持者でない人も労働党へ集中させるという動きが生じている。

このようなことが相まってリードは急速に縮小しているというふうに考えています。

 

百瀬:去年の6月のEU離脱の是非を問う国民投票移民問題が焦点になりましたよね。

その移民の規制を強く訴えてきたイギリス独立党の支持なんですが、その後調査を見る限りそれほど伸びていないんですが、これはどういう原因なんでしょうか。

 

若松:確かにイギリス独立党の支持は今回落ちていますし、あるいは数年前の選挙に比べてもかなり落ちてるんですね。

イギリス独立党はまず移民の規制、それからEUからの離脱という2本柱で、互いに関係するイシューなんですが、それを掲げています。

その政策をメイ政権・保守党が奪ってしまったという見方なのかもしれません。

とりわけEUからの離脱ということを党内が一枚岩になってEUに対して強硬な姿勢を見せていますから、それを見てイギリス独立党よりも伝統的な保守党に支持をする方向が見えていると。

もう一つは、イギリス独立党自身の問題として、最近になって今まであまり言っていなかった、ヨーロッパでよく問題になっているイスラムに対する攻撃を強く言うようになって来たんです。

これはモラル的にあまりいい話ではないんですけど、それを言うことになってい待っているゆえに、少し有権者が離れているのかなという気がします。

 

百瀬:仮にですね、今回の選挙でどの政党も過半数を維持できないようになった場合、この時EU離脱の方針が見直されるような可能性は出て来るんでしょうか。

 

若松:無いとは言えないのですが、あまり大きくはないと思いますね。

今回の選挙でEU自体があまり争点になっていないということがありますので。

可能性は高くないですけど、仮に保守党が過半数を割ったとしても第1党であることはまず間違いない。

そうすると、過半数を割っても当面は政権を維持することができるということを考えますと、下野しない限りにおいて、つまり政権を維持する限りにおいて政策の変更はないだろうと思います。

逆に政策歩変更があるとすると、これはメイ政権がある程度大勝して、今までEU離脱は党内のEU離脱派に依存していた党内基盤を強化して、EU離脱派を切り捨てることができるようになったときには、フリーハンドで柔軟な姿勢を見せ始める可能性はあるのですが、これは大勝した場合ですので、なかなか難しいだろうと思います。

そうするとギリギリの議席数で政権を運営していくとなると、強い姿勢を示し続けなければならないのかなと考えています。

 

百瀬:その交渉については一方のEUも大変厳しい姿勢で臨む方針を確認していまして、一部では新しい貿易交渉に入る前に離脱交渉の段階で決裂するのではないかと、こういう見方をする人もいるんですけど、離脱交渉のポイントはどこにあると見ていらっしゃいますか。

 

若松:いろいろな点がポイントになってくるんですけど、整理すると大きく分けて二つぐらいかなと考えています。

ひとつは、EUが主張している単一市場という考え方だと思うんですけど、EUの各国国の違いはあるんだけどその域内を一つの国のように経済上は扱うという考え方ですね。

ですから労働力も自由に移動しますし、物も自由に移動しますし、お金も移動すると。

これはEUの立場としては単一市場というのは、人と物とお金等とは全部分離できない。

ところがイギリスの場合には今回、移民の問題が離脱で非常に大きく扱われましたので、移民についてはコントロールしたい、すなわち人の自由な移動というのはやめたい。

だけれども、経済面を考えると、物の移動等は維持したい。

つまり単一市場という理念とぶつかるわけです。

そこのところがなかなか難しい点なんですけど、これについてはイギリスがEUの現在の枠組みから完全に離脱して、域外国として改めて自由貿易交渉をやるという方向でおそらく固まりつつあると考えています。

もう一つが、イギリスの分担金あるいは離脱のためのお金ということになるのかもしれないですが、まだ残っているお金を払ってくださいということをEUの側がイギリスに言っているということなんですね。

この金額がかなり大きな金額なんです。

数億ユーロとも言われています。

これを考えた時、イギリスの国防予算の数倍にも及ぶとてつもないお金なんですね。

これについてイギリスの側は、全く払わないという話ではないんですけど、金額の根拠が明確でないと、分担金とは一体なんだというところで、国内的にもこれを飲むことはできませんので、実をいうと技術的な問題なんですけど、そのあたりの交渉に入れるかどうかという意味においてこれが一番大きな問題になってしまうということなんです。

考えてみますと、経済への影響を考えるとどこかでEUとイギリスは合理的な解決を得られるのではないかという見方があるんですけど、経済的に合理的に考えればというのは、もしそうだとしたら去年の国民投票でこのような結果になっていないはずなんですよね。

その意味では経済が政治に優先するということは必ずしも言えなくて、イギリスの側も国内世論的には政治を重視しなくてはならない、EUの側も加盟国がさらに離脱が続かないように政治を重視しなければならないということを考えると、経済的な観点からどこかで合意が得られるという楽観論は必ずしも正しくはないのかなと考えます。

 

百瀬:選挙も選挙の後も注目していかなくてはいけないということですね。