マクロン政権最初の関門は? NHKラジオ「先読み!夕方ニュース」
NHKラジオ「先読み!夕方ニュース」6月6日放送
解説:フェリス女学院大学教授 上原良子 ;百瀬好通解説委員
百瀬:フランス大統領選挙の決選投票を経て中道派のマクロン大統領が誕生して約1カ月がたとうとしています。
政権のかじ取りぶりについてどういう印象を持っていますか。
上原:マクロンは意外に巧妙だなという印象を持っています。
大統領選では、左派の社会党に切り込む一方、組閣では首相や財務経産省といった主要閣僚に共和党から抜擢するなど、左右の大政党は衝撃を受けて動揺しています。
社会党は泡沫政党になりかねず、また共和党も分裂の危機に瀕しています。
そしてマクロンの政党は、これら左右の既成政党を侵食して、中道政党が支持を広げています。
確かに政治経験は少ないですが、アメリカのトランプ大統領と異なって、ベテラン政治家や財界人それからエコノミスト等優れたアドバイザーも集まってきています。
彼らと官僚組織をどのように使いこなすのか注目しています。
実はフランス人が想像以上にマクロンの存在を受け入れていることに少し驚いています。
3月の末にパリに滞在した折にはマクロン旋風と言えるような風が盛り上がっていまして、カフェやレストランでは毎日のように多くのテーブルでマクロン談義が盛り上がっていました。
ところが5月の決選投票前には、マクロン支持というよりはほかに支持する候補者がいないので仕方なく選ぶんだというちょっと白けた雰囲気でした。
大統領就任後は、このまま失速するのかと思いきや、国民議会選挙の中でマクロンの政党は支持を拡大しています。
今回の国民議会選挙は、フランス政治史に残る正解大編成になる選挙なのかもしれません。
百瀬:その国民議会というのは日本でいうと衆議院なんですけど、選挙の焦点はなんですか。
上原:マクロンは政党の後ろ盾なしに大統領まで上り詰めました。
そのマクロンが新たに中道政党「前進する共和国」を立ち上げ、過半数を制して安定した政治の基盤を作ることができるかどうか、これが今回の選挙のポイントだと思います。
中道が弱く、左派の社会党とド・ゴールの伝統を受け継ぐ右派が交代で大統領ポストを担うという、左右での政権交代がフランス政治の特徴と言えます。
とはいえ、時代の変化の局面では、50年代のマンデスフランスや70年代のジスカールデスタンといった、改革志向の強い中道の政治家や政党が新しい政治を切り開いてきました。
フランスの改革を掲げるマクロンとその政党も、多数派を形成して改革を実現できるかどうかが問われていると思います。
また、既成政党が支持を失い分裂の危機に瀕している点も今回の特徴といえます。
政党の掲げる政策と、新しい時代の課題や国民の直面している悩みや問題とが、乖離しているように思われます。
選挙改革によって、地方議員と国会議員との兼職禁止が決められたことも相まって、現職議員の3分の1余り、しかも60歳以上の議員の多くが立候補を断念しています。
そのため、政界再編と世代交代が一気に進む可能性があり、歴史的な選挙となる兆しが見えます。
アナウンサー:マクロンが作った「前進する共和国」は現在議席はないんですけど、世論調査の結果も含めて、この政党が過半数を制することができるのか、そのあたりはどうですか。
上原:初めは無理なんじゃないかと思っていたんですけど、マクロンの政党「前進する共和国」が過半数を制する可能性は十分あるかもしれません。
閣僚のスキャンダル等もありましたけど、世論調査の支持も上昇しており、議席は58%から62%に達するのではないかという調査結果も出ています。
それに対して、そのほかの政党は党内の分裂に加えて、支持の低下に悩んでいます。
社会党は支持が一向に回復せず、一けた台の議席になる可能性もあります。
それから右派の共和党と中道の連合も4分の1程度の議席に留まるのではないかという見込みが出ています。
大統領選で票を伸ばしたマリーヌ・ルペンの「国民戦線」や急進左派の「不屈のフランス」も、いずれも一けた台の議席に留まりそうです。
とはいえこうしたマクロン勝利の予測は、必ずしも政策も含めてマクロンが圧倒的な支持を獲得しているというわけではないように思います。
実際のところ、マクロンの政党への支持率は30%程度にしか過ぎないんです。
しかし有権者自身、旧来の政治家や政党に失望しており、新しい政治家と新しい政党に期待しているようにも思われます。
この期待を背負って、マクロンの政党が大幅に躍進する可能性も少なくないように思います。
百瀬:マクロンと大統領を争ったマリーヌ・ルペンの名前が出てきましたが、「国民戦線」は苦戦しているという話なんですけど、政治的な勢いとしては完全に下火になったというふうに見ていいんでしょうか。
上原:国民議会選挙の中で「国民戦線」は大統領選のような勢いは見られませんし、メディアの露出度も非常に低くなっています。
しかしこれは、大統領選でマリーヌ・ルペンが敗北したことだけが問題ではないように思われます。
まず制度の問題がありまして、「国民戦線」が議会で議席を拡大するためには、いろいろと制度上の大きな制約があります。
というのも、国民議会選挙は、大統領選と異なって、小選挙区制を取っておりまして、また得票数による足切りもありますので、大政党に有利で小規模政党には不利な制度となっています。
マクロンの政党が支持率がそれほど高くないにもかかわらず国民議会選挙では過半数を制する可能性があるのも、こうした制度によるところです。
当初は「国民戦線」は大統領選で大幅に支持を伸ばしていたため、国民議会での勢力拡大も予測されていました。
しかし6月1日の調査によると、勝つのは「国民戦線」への圧倒的な支持のあるわずかな選挙区のみで、577議席中7議席から17議席程度に過ぎないのではないかと予測されています。
それでも前回は2議席でしたからある意味では躍進といえると思います。
加えて、他の政党同様、「国民戦線」が自滅的な失速をしていることも影響を及ぼしているように思います。
大統領選の第1回投票後、勝利の可能性さえ噂されていた「国民戦線」ですけど、その選挙戦略が揺らぎ始めました。
マリーヌ・ルペンは、それまで普通の政党を目指したソフト路線をとっていたのですが、これを捨てて父親の取っていた極右路線を復活させたわけです。
通常、第2回投票直前には、候補者は党派を超えた「国民を守る守護者」といった国父や国母のようなイメージを演出することが多いのです。
ところが、投票直前のテレビ討論会では、マリーヌ・ルペンはマクロンに激しく喧嘩を吹っ掛けるようにまくし立てる一方で、政策は説得力を欠いていました。
特に「国民戦線」の政策の軸と思われていたユーロ離脱やEU批判についても、次第に言葉を濁すようになり、政策そのものへの信頼性が崩れていったように思います。
ポピュリストは批判はうまいけれど、実は中身は空っぽなのではないか、という印象さえ与えたようです。
一方党内では、こうした経済政策偏重路線を批判する声がありました。
マリーヌ・ルペンの姪で未来の後継者と目されるマリオン・マレシャル・ルペンという女性がいるのですが、彼女は普通の政党ではなく、従来型のフランス固有の価値や文化を重視する極右路線への回帰を主張しています。
そのため、党の分裂の可能性も否定できない状況です。
百瀬:選挙結果はどうなるかわからないのですが、マクロンにとっては非常に課題が多いと思うんですが、最も注目している政策はどういう点でしょうか。
上原:私が注目しているのは、社会改革と経済の刷新です。
マクロンは、1年目の課題として、ドイツのシュレッダー改革をモデルとした雇用の柔軟化や年金・退職年齢の改革、職業教育の充実といった社会政策の改革を重視しています。
しかし労働者の既得権を侵害するようなこうした改革は、労組等の反発を招くリスクがありますし、またどこまで雇用を回復できるのか問われることになると思います。
百瀬:最後に、マクロンはEUの改革に熱心なようで、ドイツとのパートナーシップを強化すると言っていますが、EUの立て直しの面でどういうふうにご覧になっていますか。
上原:ドイツのメルケルは、前任者のサルコジ大統領ともオランド元大統領ともきわめて冷ややかな関係にありました。
ところがマクロンが候補者として登場するやいなや、早々交流を持って、マクロンの勝利を願っていました。
マクロンが緊縮策を重視している点、そしてヨーロッパ派であることはドイツにとって受け入れやすい点であり、こうした関係によって独仏パートナーシップの再始動も期待できます。
ヨーロッパの再建は、マクロンの支持者が期待する点でもありますし、ヨーロッパの新たな制度設計に取り組むことは、マクロンの政策の主軸のひとつになるように思います。
ただしこうした外交を支えるためには、早急に国内の社会改革と経済再建を実現することが不可欠に思います。
フランスがリーダー国であるためには、これまでのようにヨーロッパ経済の足かせとなるような状態では好ましくありません。
またブレグジットと呼ばれるように、イギリスのEU離脱後、イギリスに代わってフランスが外資を呼び込むといった野望もあると思いますが、そのためにも国内の改革を進めて企業にとって魅力ある市場を作る必要があります。
経済の活性化のためには、国内企業や国家支援だけでなく、外資の導入も望まれるところです。
そのためにはマーケットや外国企業に対し、フランスの変化を印象付けてアピールする意味でも、まず社会改革を最優先の課題として取り組んでいるように思います。
フランスの国内の改革を促し、ヨーロッパの再構築を主導することを通じて、ヨーロッパにおけるフランスのポジションを再浮上させること、これがマクロンのヨーロッパ政策の目標ではないでしょうか。