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EUはどこに向かうのか? NHK「先読み!夕方ニュース」

NHK「先読み!夕方ニュース」6月8日放送

解説:慶応大学特任教授・林秀毅 ;百瀬解説委員

 

百瀬:去年のイギリスのEU離脱を決めて以来、ヨーロッパでは反EUですとか、反グローバリズムの嵐が吹き荒れました。

注目されていたフランスの大統領選挙では、マクロン氏が勝利しました。

排外主義ですとか自国第一主義の波は収束して、政治的安定にヨーロッパは向っていると見ていいんでしょうか。

 

:確かにヨーロッパの政治の流れは安定する方向に向かっていますが、今後についてはまだ予断を許さないと思います。

マクロン氏には幅広い支持層が集まりましたが、選挙期間中その政策には具体性がない、として一時支持率を落とす場面も見られました。

マクロン氏はこれまで、イギリスのEU離脱決定や、米国のトランプ大統領誕生が、期待した効果を生んでいないこと、対抗馬である極右のルペン氏にロシアとの疑惑が浮上したことなどに助けられた面も否定できません。

フランス国内では、マクロン氏が雇用と財政支出バランスを取りながら経済を立て直すということが期待されています。

しかし、フランスを中心とした欧州主要国で経済立て直しの結果が十分に出なければ、依然排外主義や自国第一主義の動きが復活するという可能性は捨てきれないというふうに思います。

 

百瀬:まだまだこの先不安要因があるということですね。

イギリスなんですけど、イギリスはメイ首相が突然議会を解散して総選挙に打って出ました。

このメイさんの思惑はどのように読んでいらっしゃいますか。

 

:メイ首相には改めて国民の意思を問うことによって、EU離脱に向けた国内の結束を図っておきたいというねらいがあったと思います。

EU側の離脱交渉に臨む姿勢が予想以上に厳しいため、交渉に入る前に国内の意思統一を図り少しでも交渉力を強めておきたかったと思います。

確かに総選挙発表直後はその思惑通り与党保守党に対する支持が高まりました。

しかし5月22日にマンチェスターのコンサート会場で爆弾テロが起き、さらに現地時間6月3日土曜日にロンドンで再びテロ事件が起きるということもあり、その影響が懸念されていると思います。

英国民の間では、EUを離脱すればすべてがよくなるというかつての期待感が冷め、徐々に社会の安定を求めるような気持が生まれているように思います。

その意味では、英国内で強硬離脱も辞さないという世論を高めたうえで強い姿勢でEUとの交渉に臨もうというメイ首相の思惑通りには必ずしもなっていない面があるように思います。

 

百瀬:あとイギリスとEUの離脱交渉について、EUの方はイギリスが約束したEU予算の負担金の支払いを受け入れない限り、新しい貿易協定の交渉には応じないという厳しい交渉方針を打ち出しています。

激突が避けられない雰囲気なんですけど、交渉の行方についてはどのように見ていらっしゃいますか。

 

:お尋ねの通り、EU側が厳しい交渉方針を打ち出しており、まず激突は避けられないでしょう。

この場合、離脱交渉が進まず現在のこう着状態は変わらない、そういう状態が続くと、イギリス側に企業の移転流出などのデメリットが生じやすいため、イギリスは次第に譲歩せざるを得なくなってくるでしょう。

EU予算の負担金についても、英国は将来の貿易協定交渉を行うために、約1000億ユーロというEUの主張に近い多めの金額を受け入れざるを得ないと思います。

5月下旬欧州現地の新聞には、EUが負担金の要求額をさらに増額したことが紹介されています。

しかし、次の段階として貿易交渉に入れば、EUと英国の双方が自国貿易のメリットを得るため、交渉は進みやすくなるはずです。

個別の分野について、EU側で一部の国から保護を求める動きが出て来る可能性は十分ありますが、自国産業が強く、輸出大国であるドイツが主導することによって、フランス以下の国が追随する形で意見が集約されていくでしょう。

また、イギリスがEU加盟国でなくなる2019年3月29日の時点で、貿易協定は協議中となっている可能性が高いものの、突然何の協定もないフリーフェイチ(崖の淵)の状態に陥るということは、英国とEU双方にとって望ましくありません。

そのため新たな貿易協定が発効されるまで現在の関係を続けるというつなぎ協定が結ばれることになるでしょう。

以上をまとめると、EUと英国の間の交渉は、当初はEUの強硬な姿勢に対し英国が譲歩する形で進みますが、貿易交渉の段階に入れば、より対等な関係で実務的に進むことになるだろうと考えています。

 

百瀬:そうすると、交渉の山場のようなものは交渉の前半にあって、そこが何とかクリアできて、自由貿易交渉のところに入れば、メリットを考えて妥協の余地が生まれやすくなるだろうという見方でしょうか。

 

:そうです。

かなり実務的な交渉になってくると考えています。

時間はかかるかもせれませんけど。

 

百瀬:政治的な判断は別にしまして、大国のイギリスがEUから脱退するということになりますと、経済的に見ても、双方にとってデメリットがかなり大きいと思うんですが、イギリスとEUの新しい関係はどういう関係が望ましいと考えますか。

 

:イギリスがEU離脱によって単一市場から離れることになったため、企業の立地条件がイギリスとEU内で異なってくるのはやむをえません。

企業の側からすれば、自社にとって最適と考える拠点をその時々で選択していくということになります。

しかし多くのグローバル企業は、イギリス・EU各国を含む欧州全体で何らかの形で活動しています。

そのため、イギリスがEUから離脱した後も、両者の間でヒト・モノ・カネ・情報の動きはできるだけスムーズな形で行われることが望ましいと言えます。

たとえば、現在ロンドンにある金融機関は、EU域内で活動するシングル・パスポートを利用できなくなるため、EU域内の他の都市へ移動する動きが強まることになるでしょう。

しかし、これまでに蓄積された人材や金融技術によりロンドンに何らかの形で拠点の機能は残るでしょう。

企業などには、このような欧州内の機能分散の動きに対し、出来るだけスムーズに対応できる体制が求められることになります。

さらにかりに離脱交渉の結果として、イギリスの単一市場へのアクセスが限られたとしても、以上のように企業から見た欧州全体でビジネスを行いたいというニーズは強いため、時間をかけてこの点は改善されていくと考えています。

 

百瀬:そうすると、例えば金融機関の場合には、イギリスからある程度の部分的な移動というのは、大陸に向かって動くのかもしれないけれども、なんとなくバランスを取る形でイギリスと大陸の間のすみわけみたいなものができていくということでしょうか。

 

:そうですね。

やはりロンドンは英語が使える、さらにそういった意味もあってニューヨークですとか東京あるいはシンガポールといった世界の金融市場とつながっていると、そういう窓口的な機能もありますので、そこの機能がゼロになるということは考えにくいと思います。

 

百瀬:フランスの話なんですが、フランスでは親EU派のマクロン大統領が誕生しました。

ドイツとの連携が深まって、EU統合は息を吹き返すかもしれないという期待が高まってるんですけど、こういう見方はどう評価されますか。

 

:フランスのマクロン大統領の誕生がEU統合にどのような刺激を及ぼすかということについては、ふたつの面があると思います。

まず、EUの2大国であるフランスとドイツが結束するということによって、EUとしての政策能力あるいは影響力は高まるということは間違いありません。

例えば英国のEU離脱に対する交渉についても、EU内の結束が高まれば、英国に対して一段と強い交渉力を持つことになります。

その一方で、ユーロ圏の予算やユーロ圏の財務大臣といったマクロン氏の提案に、ドイツが応じることはありません。

ドイツは過度の財政支出をしないという財政規律を重んじ、かつてのギリシャのように放漫な財政支出を行う国と一緒にされたくないという考え方が強いためです。

そのため就任間もないフランスのマクロン大統領と、今年の秋に総選挙を控えた国内の世論を意識するドイツのメルケル首相との間で、政策を具体化する段階では、対立点が表面化する危険性もあります。

フランスとドイツが、お互いの立場を理解しながら、イギリスのEU交渉をはじめとする当面の懸案に協力して対処できるかどうかが今後のカギになるでしょう。

 

百瀬:ユーロ危機ですとか反EUに象徴される政治危機はヨーロッパに大変な衝撃を与えて、この統合の進め方をどうするかということを改めて考えさせる機会にもなったと思うんですが、これからEU統合に期待するものはどういう点ですか。

 

:かつてのEUには、欧州の各国が結束して力を高め、共通の価値観や基準を対外的に世界に発信していく力がありました。

しかし経済面ではユーロ危機が深刻化し、さらにその後政治面で極右勢力の台頭による反EUの動きが進み、EUはいったん機能不全に陥ったと言っても過言ではありません。

今後、ドイツ・フランスを中心に、EUが息を吹き返したときには、従来からの移民・難民・貿易・環境などの世界的な課題について先般のG7会議で、米国のトランプ大統領から示されたような、一国単独主義に屈することなく、日本とも協力しながら先進国間の協調をリードする、本来の役割を担ってほしいと思います。