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共謀罪、あの採決はないんじゃないの? TBSラジオ「荒川強啓デイ・キャッチ」

TBSラジオ荒川強啓デイ・キャッチ」6月19日放送

「ボイス」 青木理

 

混乱の中、閉幕した国会。

 共謀罪のあの採決はないんじゃないの?

 

共謀罪という法案ね、何度も言いますけど私は反対です。

こんなものはテロの役にも立たないし、むしろ害悪を振りまくだけだ、と思ってますから、今でも反対なんですけど、賛成だとおっしゃる方もたくさんいらっしゃいます。

多少でも、これでテロの不安がなくなるのならばしょうがない、とおっしゃられる方もたくさんいらっしゃると思います。

今までの日本の刑法体系は、基本的に起きた事件、やってしまった犯罪を処罰しましょう、というのが日本の刑法体型の基本原則でした。

一部には、予備とか準備とか未遂とかも処罰の対象になりますが、しかし基本的には起きた犯罪を処罰します、というのが刑法体系だったんだけど、これからは277もの罪で、起きる前の段階で取り締まろうというわけです。

戦後日本の刑法体型の大転換と言っていいと思うんです。

それをあのやり方というのはなんなのか。

いわゆる中間報告という形で、そもそもその前の段階で、時間を30時間とか、参議院衆議院の7掛けだとかいう形で区切って終わらしてしまうのも酷いんだけど、この中間報告という形で委員会採決はしかしないとはどういうことなんでしょうか。

一部で報じられているので、皆さんご存知かもしれないけど、中間報告というのは、今までも何度か行われています。

衆議院では過去に4例行われています。

ただし、これまでのケースは、野党側が委員長のポストを占めていて、与党側の採決の要求に応じない場合に用いられるものでした。

今回のように、与党が委員長ポストを握っていて、委員会運営の主導権を握っているのに用いるのは、異例中の異例で、与野党の合意がないケースは10年ぶりなんです。

ちなみに、直近だと2009年の臓器移植法改正案に対して中間報告という手続きが行われたんですけど、この時は人間の死生観の問題に直結するので、与党も野党も党議拘束を外したんです。

なので、こういう問題だからと言って、中間報告という方法をとったんだけど、今回のように与党がこんな形で議論もしないで、強引に、それも日本の刑法体型の大転換になるというものを、ああいう形で採決しちゃうんだったら、もう国会なんていらないですよ。

あんなことをやるんだったら、国会なんかいらないので、選挙が終わって多数派を取ったら、もう好きなことやってください、ということになっちゃうんですよね。

そんなのでいいのかと思っていて、本当に、共謀罪の是非でも憤ってるんですけど、あのやり方に関しては、共謀罪に賛成している人達も、疑問を抱かなかったら、民主主義社会に生きる権利はないんじゃないかと思います。

今日の朝日新聞に、長谷部恭男さんという早稲田大学の先生で憲法学の権威の方の対談記事が載っていました。

この中で長谷部さんが、今の日本の状況・政治の状況を説明していたのでご紹介します。

「(今の安倍政権は)濃密な人間関係で強く結ばれた集団が、官僚機構や一部のマスコミも縄張りに収めて、社会一般に対して説明責任を果たそうともしないで、権力を行使している」

「こういう時公権力は私物化されて、個人間の私的な絆をテコに政治が行われる」

「社会全体にとって、何が利益かを丁寧に説明し、納得を得ることで権力は民主的な正当性を獲得するのだけれど、現政権は、そんなもの必要ない、反対する者は切り捨てればいい、と正にむき出しのマフィア政治です」

本当にそうだと思います。

政権の正統性というのは、議会でやるべきことをきちんとやって、それでもどうしてもダメな場合に、多数決の原理に則って採決するということであれば、まだそれなりに正当性は保たれるんだけど、もうそんなこと知らないよ、俺たちがやりたいようにやるんだから、加計学園の問題をこれ以上突かれたくないし都議選にも影響あるからもうやめた、と言うんだったら、民主的な正当性が持てないんじゃないか、そんなもの持とうとすらしていないというふうにおっしゃっている。

さらに、「もはや自分の頭でものを考えるか、為政者の言う通りにしておけば間違いないと考えるか、そのせめぎ合いが今おきているのではないか。右とか左とかではない。自分で考えて自分で判断する人は、右であれ左であれ、共謀罪は危ないと思うでしょうし、マフィア政治は良くないと考えるでしょう。日本国憲法の理念は、どう生きるかは自分で判断するというものであって、安倍政権はその理念を壊したいと思ってるんじゃないか」とも言っています。

共謀罪について、監視されるのではないか、という危険性あるいは疑念を持つ人が多いですが、それは、国家権力が我々国民を監視するだけではなく、国民同士が監視し合うという、戦前の「向こう3軒両隣」のような、あの時代がまた来るのかと不安に思ったりします。

共謀罪には、自主減免規定といって、密告をすると刑が減免されるという規定がありますので、萎縮とか自粛とかと同時に密告社会になりかねない危うさもあります。

長谷部さんがいっていることを私たちは本気で考えなければいけません。

共謀罪に賛成か反対か以前の問題として、これだけ世論が割れている、あるいは相当の人たちが不安視している問題について、あのような形で議論もせず、質問には答えもせず、問答無用で異例の方法で押し切ってしまうような政治を、是とするのか。

仮に、共謀罪に賛成の人であっても、あのやり方に対していいと言っちゃうってことは、正に日本国憲法の理念である、どう生きるかは自分で判断して決めるというものを根本から壊すものなんです。

共謀罪は賛成反対拮抗していたのは事実ですが、あのやり方を是認するということは一人もしてはいけないと思います。