経済圏構想をめぐる日中の駆け引き
NHKラジオ「NHKマイあさラジオ」6月27日放送
社会の見方・私の視点
解説:東京大学大学院教授 川島真
キャスター:安倍総理大臣が今月、国際会議で行いましたある公演が大変注目されています。
中国が提唱する経済圏構想「一帯一路」構想につきまして、国際社会のルールに沿ったかたちで実現に向かうことに期待を示した、ということなんですね。
一帯一路構想について安倍総理大臣が前向きな評価をした、今までと立場を変えたのではないかという報道も一部にあるんですけど、川島さんはどうご覧になっていらっしゃいますか。
川島:台湾とパナマの件についても、あれは台中関係だけで論じられる話ではなくて、中国の海の戦略全体に大きく関わる話だと思うんですが、一帯一路を含めて中国の経済力の大きさというのは否定し難いところでありますので、日本政府も説明の仕方を少し変えたかなとは思います。
ただ結論的に言うと、どうも日本のメディアを含めてややミスリードがあったかと思っていて、基本的に日本政府の一帯一路に対するスタンスはあまり変わっていないという印象を持っています。
キャスター:どんなところからそれを読み取れるんでしょうか。
川島:(安倍総理の公演は)ネットでも見られますから是非ご覧いただきたいんですけど、かなり入り組んだ作文と言いますか、公演になっていまして。
非常に多くの条件というか注文を中国側につけている格好になっているんですね。
キャスター:どんな注文ですか。
川島:そもそも日本自身が質の高いインフラを提供するんであるとか、TPPの意義を言っているわけですが、中国側に対しては、簡単に言えば、力による変更をするようならばそれは困りますよと。
とにかく周りとしっかりと強調して相互に相手を尊重しあいながらやりましょうということですね。
そのための自由とか共通のルールを守りましょうと。
公正で透明な方法でやりましょうということを言っているわけですので、ある意味で協力していく上での大原則を日本側から改めて提案していて、こういうことをちゃんとやっていくならば、いくらでも協力しますよということを言っているわけですね。
キャスター:逆に言うと、こう言った条件は飲めますかと中国に突きつけていると言うことでしょうか。
川島:一帯一路にしてもAIIBにしても、いろんなことを中国はやっているわけですけど、そういう中でこれだけのことをちゃんとやってもらわないといませんよという、かなり踏み込んだかたちで中国に対しては詰め寄っていると言いますかですね、あるいはそういうような姿勢をとってほしいという要望を出している、そういうようにも言えますね。
キャスター:対中国ということで言いますと、日本はアメリカとかオーストラリアとの歩調を合わせるということが、これまでの基本でしたけど、ここは変わっていないということですかね。
川島:今年中国は、人事のシーズンですので、対外的にもかなり協調的な方向で来ているので、日本だけではなくてアメリカやオーストラリアといった国々もほぼ日本と同じような歩調、安倍総理の公演と同じような歩調をとっていくと見ることができます。
特に面白かったのが、安倍総理のご発言は東京であったアジアの未来という会議であったんですが、ほぼ同時期にシンガポールであったアジア安全保障会議一般的に話をシャングリラ会議とか言われますけど、そこにおいてアメリカのマティス国防長官及びオーストラリアのタンブル首相も同じようなトーンでの発言をしたんですね。
オーストラリアのタンブル首相、時には中国にとても近いとされる方ですけど、あの方が「海の中には大きい魚も小さい魚も小さなエビもいる」という話をした上で、「大きな魚も小さな魚もエビも皆一緒に住めるような海にしないといけない」という話をして、中国が当然大きな魚なわけですが、皆が強調して住めるような環境にするべきだと言ったわけですね。
非常に面白いのは、中国側の代表団がすぐに手を上げて質問し、反論して、「そんなことは一体どうやって実現できるんだ」と言うんですね。
オーストラリアのしゅのうは「ちゃんとルールを守って、協調していけばいい」と反論しますし、マティス国防長官もこれまでトランプ大統領はあまり言っていませんでしたけど、アジアのアメリカの同盟国同士の関係の重要性ということを強く言ったわけです。
そういう横のネットワークを言いまして、かつインドであるとか台湾のこともあげながら、アメリカのアジア太平洋地域の同盟国同士の関係の重要性を訴えたわけです。
こういうトーンは、全体的に中国をやや持ち上げるようでありながらも、つまり中国の力を認めるようでありながらも、それに対していろんな注文をつけたり、牽制したりするという、そういうスタンスになってますね。
キャスター:今おっしゃった、一見持ち上げるというのは、これは何故ですか。
川島:中国の場合は、世界第2位の経済大国でありますし、まだ民主化をしていませんので、世界の情勢の変化にかなり早く対応できる国なわけですね。
そうした意味で中国の持っている力とか、そういうものは否定し得ない。
そこはもうどうしようもないと、そういうかたちが見えますし。
もうひとつ重要なことは、中国は経済力を使いながら、主権であるとか、安全保障あるいは政治の問題で、自分に有利な環境を国際的に行くろうとしています。
そういう意味で、東南アジアの国々というのは、時には経済面で中国に依存する面もありますので、中国の影響力が東南アジアでかなり強まることを牽制している面があります。
キャスター:東南アジアを見てみますと、東アジア地域包括的経済提携(RCEP)というのもありましたよね。
これは、ASEAN(東南アジア諸国連合)と日本と中国・韓国・インド・オーストラリア・ニュージーランド、16の国で自由貿易協定を進めようというものなんですけど、ここでの日本の立ち位置についてはどう見ていらっしゃいますか。
川島:時々中国がRCEPを主導していて、日本はTPPをやってきたけども、TPPが頓挫して、という話を聞くんですけど、必ずしもそうではないと思うんです。
日本ももともとRCEPを主導してきているわけですので、重要なことは、RCEPというものはASEANを中心にして動いている、ということなわけです。
ここを間違えてはいけないわけで、決して中国が旗振り役になって全面的にやっているわけではないということは考えておいたほうがいいと思います。
もうひとつ留意すべきことは、TPPについて、アメリカのトランプ大統領が撤退を宣言してから、日本としては非常に苦しいところがあって、TPPイレブンというのが起きてますけど、TPPであるとか、日本とヨーロッパのこれから進められるであろうEPAの様々な協議に比べますと、RCEPというのは、発展途上の国々も多く組み込んでいるわけですので、貿易や経済のルールを作るというところまではいかない、RCEPは関税の自由度等を高くあげていくことにかなり限界があるという点ですね。
TPPや日欧については、貿易のルールを作るということは、十分に考えられますけど、RCEPというのは、カンボジアもラオスもミャンマーも入りますので、自由化の度合いは下げざるを得ないところがあるわけです。
加えて、インドは、中国からの安い産品が入ることを強く警戒していますので、関税の自由度率をなるべく下げたい、関税をなるべく高くしておきたいという希望を持っているわけです。
ASEANは全会一致が原則ですし、インドは多分この戦略を変えませんので、RCEPはおそらく、自由化の度合いが低いところで止まらざるを得ない。
ASEANは、今年できてから50年でありまして、今年のうちにRCEPをまとめたいんですね。
日本は、TPPがダメになってからというか、アメリカを含んだTPPがキツくなったので、かなり高い自由化度をRCEPに求めようとしていまして、日本とインド、日本とASEANで結構矛盾があります。
中国は今現在やや高めの自由化度の主張をしていますが、いつ中国がASEANやインドの方に寄り添っていくか、そこが難しいところになりそうです。
キャスター:その前に日本としては早めにASEANと話し合って、イニシアチブを取った方がいいということですか。
川島:おっしゃる通りですね。
このまま日本がRCEPについて非常に高い自由度を求め続けていると、日本だけが孤立してしまう可能性があるということです。
中国がインドであるとかあるいはASEANの途上国の方の立場に一気に寄り添って、自由化度が低くても構わないと言った瞬間にそちらの方向でまとまっていく可能性がありますので、日本としてはもちろん全面的にそうしたものに同意する必要はありませんので、自国の利益に基づいて主張をすべきですけど、あるタイミングを捉えて、ASEAN主導でありながらそこに中国が寄って行って結果的に中国主導になるということにならないように、日本側としてもタイミングを間違えずに流れに乗るということが大きなポイントになると思います。
キャスター:そのタイミングは難しいですね。
早すぎると足元見られますし、遅いと中国に先を越されるし。
いつ頃が時期的には目処になりますか。
川島:中国が内政に傾注する夏のタイミング、そこで日本がどれだけ東南アジアやインドとの連携を強めて、そのタイミングを的確に掴むかということが勝負になると思います。