出産時のトラブル再発防止を
NHKラジオ「NHKマイあさラジオ」6月29日放送
社会の見方・私の視点
解説:ジャーナリスト 迫田朋子
キャスター:最近出産の時の医療トラブルについて相次いで報道されてますけど、日本産婦人科医会も調査を始めているということですね。
迫田:今年になって相次いで報道されてるんですけど、京都・大阪・兵庫で合わせて5件、うち4件は無痛分娩で、1件は帝王切開の事例なんですけど、いずれも麻酔に関わる事故です。
出産時のトラブルで母子ともに寝たきりになっている事例ですとか、子供が亡くなった事例など、いずれも重大な事故です。
このうちの3件は、同じひとつの京都の産婦人科の診療所のケースでして、2011年から去年まで3例あったと。
医療事故が明らかになって、今訴訟になっています。
キャスター:特に伺ってると、無痛分娩についてのトラブルが目立ちますね。
これ、原因はどこにありますか。
迫田:無痛分娩というのは、お産の痛みを和らげることを目的に、分娩中に麻酔を用いるということで、欧米ではよく行われているんですが、日本ではどのくらい無痛分娩が行われているか実態はよくわかっていないんですね。
主に、硬膜外麻酔というので行われるんですけど、背中に針を刺して麻酔を入れるんですけど、脊髄の膜の間に入れる局所麻酔です。
手術後の痛みの緩和などにも使われる普通の麻酔なんですけど、普通は麻酔科の専門医が行うんですね。
あるいは慣れていれば、他の医師が行うこともあるんですけど、特に陣痛の間長い時間に当たってするものですから、チューブを入れて持続的に麻酔薬を入れると、それがちょっと違った所に入ってしまったりして、全身麻酔みたいなかたちになって、母体や赤ちゃんに酸素が行かなくなってしまうというようなことが起こりうるんですね。
麻酔というのは基本的には危険性が常にあるものだということです。
特に無痛分娩の場合は、お産が長くならないように、合わせて子宮収縮剤を使ったり、あるいは吸引分娩なども行うということで、通常の出産とは違った、別の特別な管理が必要だということなんですね。
そういう意味では、緊急時の体制がきちんと整っていることが重要で、何かリスクがある場合、あるいはいつもと違う場合は、すぐ搬送するとか、ちゃんとした監視を分娩中にするということが大事になってくるわけです。
ところが、欧米などで一般的に行われていたり、出産後の退院が早いというようなことが、女性たちの間に流れたりしていまして、希望する人が増えて来ていると。
医療機関側も、お産の差別化、サービスのひとつとして無痛分娩を取り組み始めていたところが増えて来ていたのではないか、と言われています。
その中で、地域で無痛分娩を差別化することによって、逆に、医療機関同士の連携とか相談とかということがなくて、判断が遅れてしまった。
その結果、こうしたトラブルというか大きな事故につながっているのではないかと言われています。
キャスター:こうした状況に対してどうした対応が必要になってくるんでしょうか。
迫田:今、日本産婦人科医会が実態を調査中です。
とにかくまず、実態を把握して、全国でもどのくらい行われているのかという調査をして、来月にもまとまる予定です。
この無痛分娩については、ガイドラインというのがないんだそうです。
だからそういう意味では、作成する必要があるんじゃないかとか、あるいは厚労省が研究班を作るという話も聞いています。
そもそもお産というのは自由診療ですし、そういう意味では強い規制をかけることはできないので、あくまでガイドラインのようなかたちで行うことになるのではないかと思います。
多くは、問題なく行われているわけですね。
きちんとした体制があって、ちゃんとした監視をする仕組みさえあれば、普通の手術でも使われている麻酔ですから。
そうした体制が十分でないところで起きたのではないかと言われています。
キャスター:ということは、妊婦さんはそこを確認することが大事ですね。
迫田:そうですね。
きちんとした説明を受けてほしいと思います。
そもそも出産というのは、リスクがあるということをきちんと認識した上で、緊急時の体制などができているかどうか、尋ねておくというのは大事だと思います。
キャスター:妊婦さんがそうした確認を怠らなければ、体制の方も整ってくるということもあるでしょうね。
迫田:そうですね。
緊急時の体制をきちんと取るというのは、最低限の条件ですからね。
キャスター:そうですよね。
そういう妊婦さんが増えていけば、医療側も当然そうなってくるということだと思うんですけど。
もうひとつ問題だと思ったのが、同じ施設で医療事故が繰り返されている。
迫田:多くの医療機関できちんとできているのに、こうしてなぜ同じことが繰り返されるのかということなんですね。
日本産婦人科医会では、会員に重大な事故を報告する仕組みを作っているんですが、これはあくまでも自主的なものなんですね。
去年、愛媛県今治市の産婦人科診療所で、出血多量で3年間に2人の妊婦が出産後に亡くなるという事例が起きてるんですけど、この時現地調査などを行なって、医会として指導をしたということで、これは一歩前進だったのではないか。
つまり、今まではどちらかというとかばい合うという感じが多かったんですよね。
だけどそうではなくて、きちんとここが問題だと言って指導したということがあったんですが、実は今回の事例も、医会には報告されていなかったということで、自主的な報告というのも限界があるのかなという気もします。
キャスター:これまでも何回も医療事故はオープンにしましょう、原因を明確にして再発防止に活かしていこうということが言われて来たと思うんですけど、なぜなかなか実現しないんでしょうか。
迫田:事故が明らかになると、被害者から訴えられるんじゃないかというふうに医療機関側が恐れているということもあると思うんですけど、逆に隠してしまうと、原因を知りたいというひがいしゃにとっては裁判で訴えるしかないというふうに考えるのは普通のことかなと思います。
だから、それは決していいことではない。
キャスター:その悪いサイクルをどこかで断ち切らないといけないですね。
迫田:先程の日本産婦人科医会の動きというのは、まだ不十分ではあるけれど、一歩だと思うんですね。
それから、出産された方はご存知だと思うんですけど、産科医療補償制度というものができています。
これは、出産時のトラブルのために2009年にできた制度で、脳性麻痺の子供のための補償をするという制度です。
この補償制度に合わせて、原因分析ということが行われていて、再発防止に使われるということで、脳性麻痺で生まれるお子さんの数というのは、減って来ているんですね。
再発防止の成果のひとつだと思いますし、合わせて訴訟の件数も減って来ているということです。
キャスター:原因を分析することによって、再発防止もできているし、きちんと被害者に説明をすることによって、訴訟も減って来ている。
このサイクルの方がうまく行くということがある程度証明されつつあるということですか。
迫田:ただこの制度もまだ不十分なんです。
原因分析の結果が、当該の医療機関に送られているだけで、具体的な指導をされたりということではないんです。
それで改善が見られずに、同じような事故を繰り返している医療機関が、つまりこの産科医療補償制度で補償せざるを得なくなった事故を繰り返している医療機関が、去年12月の時点で29報告されているんです。
だからまだそういう意味では、不十分なのかなというふうに思います。
対象が脳性麻痺に限られているということで言えば、まだ妊婦の事故もこれには入っていないんですね。
そういうことで言うと、基本的には、まず医療者同士はわかるんですよね。
どこに原因があるのかとか、何が不十分だったのかとか。
ということで、医療界がきちんと専門家の責任として、原因分析をして、同じ仲間同士かばい合うのではなくて、質のいい医療のためにはこうした方がいいということをきちんと、医療界の責任として原因分析をして、再発防止に活かしてほしいと思います。
キャスター:そうした流れになった方が結局、ドクターにとっても、妊婦さんたちにとっても、いいことになるんだということなんですよね。
迫田:今回3例相次いだというのも、報道で産婦人科医会も知ったということなんですね。
1例目の時にきちんと対処されていれば、2例目3例目はどうだったのだろうかと思わざるを得ないんですよね。
そういうことで言うと、きちんと再発防止ということを医療界として考えてほしいと思います。