デフレ克服のシナリオ
NHKラジオ「NHKマイあさラジオ」7月4日放送
キャスター:デフレ克服という目標のもとで、今政府の中で活発な議論がなされていないと竹中さんはお考えと伺いましたけど。
竹中:いわゆるマクロの経済運営をどうするか、もちろん個別の重要な問題はたくさんあるんですが、マクロ経済をどうするかという話は、やはり経済政策の基本中の基本だと思うんですよね。
その問題が、必ずしも十分議論されていないということに対して、若干の危惧を持っております。
マクロ経済がどうなるか、たとえば財政がどのようになって金融がどうなるかによって、企業と個人は一生懸命やるんだけども、環境が大きく違ってくるわけですね。
マクロ経済の運営というのは、2001年の省庁再編以降、経済財政諮問会議というところが担当することになっています。
しかしながら、民主党政権の時に一旦それは停止されて、安倍内閣になってようやく復活した。
復活したのは良いことだと思います。
しかし残念ながら、そこで十分な議論がなされていない、とりわけ財政再建をどうするか、その中で消費増税をどうするかということが重要な議論になっていまして、2019年に消費税の引き上げが一応予定されていますから、もう2年前ですから十分に議論しなければいけない、そういう段階だと思うんですよね。
実はこの点で、むしろ日本の外の方から、大変興味深い議論がなされているんですね。
アメリカのプリンストン大学にノーベル経済学賞を2011年に受賞されたシムズさんという方がいらっしゃいます。
そのシムズ教授のシムズ理論というのが、実は日本に非常に大きな影響を与えるということで、結構アメリカのメインストリームの専門家なんかが、注目している考え方があるんです。
これは要するに、金融政策を日銀が一生懸命やっていますけど、財務省の予算を使った財政政策をもっと活発に活用しろということで、積極的な政府の関与を期待しているものなんですけど、それに関しては、たとえば国会で麻生財務大臣が、「私が内閣にいる間は、こういう理論は採用しない」というふうに述べていて、割と門前払いみたいにされているんですが、私はこうした問題も含めて、オープンな議論が必要だと考えています。
キャスター:竹中さんがシムズ理論を評価する根拠はどこでしょうか。
竹中:5月1日にニューヨークのジャパンソサエティで、このシムズ教授と直接対談をさせていただいたんですけど、極めて洗練された考え方なんですけど、現実には非常に日本に対して多くの示唆を与えていると思います。
このシムズ理論そのものは難しいので詳しくは話しませんけど、簡単に言いますと、この日本はずっとデフレに悩んで来た、デフレというのはモノの値段が下がる、それに合わせて賃金も下がっていくわけですから、これはやはり克服しないと、デフレを克服しないと経済が良くならない、それが基本的な考え方な訳ですね。
そのために日本銀行が、黒田総裁が2013年に就任されてから思い切った金融緩和を取って来た。
しかしここまでゼロ金利、マイナス金利になって、金融緩和を吹かしてくると、これ以上できることは限られていて、ここに財政政策を組み合わせることによって、つまり金融政策と財政政策の活発な組み合わせによって、このデフレを克服して、当初の目標である2%インフレを早く実現しようということだと思うんです。
中身は、繰り返しますが非常に論理的なんですが、現実に指摘していることというのは、かなりわかりやすい重要なことなんです。
2つあります。
第1は、日本はインフレ目標2%を立てているんだから、そのインフレ目標が達成されるまで、消費増税は行わない。
まず、インフレ目標の達成。
そのために、それなでは財政も積極的に活用することが必要だというのが第1点です。
そして、第2点は、日本の財政赤字は、一般に言われているほど大きくないという点なんです。
これは、一般の方は、「え?」と思われる方もたくさんいらっしゃると思うんですが、よく引用される国債残高1200兆から1300兆、GDPの何倍とかいう数字があるんですが、これはあくまでも政府の借金のことだけ言ってると。
負債のことだけ言ってると。
これは間違いではないんですけど、一方で政府は資産を持ってるでしょうと。
普通、いわゆるネットの借金というのは、全体の借金から資産を引いた額になる訳ですよね。
純負債と言いますけど。
そうすると、それが1300兆も無くて、せいぜい500兆円くらいだと。
なおかつ、500兆のネットの借金があるとしても、国債のうち400兆円くらいは日銀が持っている訳ですね。
だから、日銀も広い意味での政府の一部だと考えると、相殺することができて、実質ほとんど借金がゼロに近くなっちゃうんです。
企業でいうと、連結財務諸表という考え方がありますけど、政府と日銀の資産と負債を連結して考えれば、日本の財政赤字って、実はそんなに大きく無くて、むしろ数字だけを単純に比較すると、アメリカよりも小さい。
そういう点を指摘している訳です。
キャスター:1点目に関して、インフレ目標2%が達成されるまで消費増税を行わないと宣言することが大切だとシムズさんもおっしゃってるようなんですけど、ただ2019年に消費増税を計画していると。
その宣言を決めかねているようなところもあるんですけど、これはどうお考えですか。
竹中:日銀は2013年の時点で2年後に2%のインフレ目標を達成すると言いました。
2015年には達成されていなければいけないんです。
しかし2017年で達成されていません。
この間、目標年次を5回先延ばしにして来てるんですね。
今の所、2018年に2%のインフレ目標を達成して、そうすると2019年に消費増税ができるというシナリオになってる訳ですけど、2017年でほとんど消費者物価の上昇率ゼロですから、2018年に2%が達成できるとは思えない訳です。
そういう不安が広がる中で、むしろ2%のインフレ目標が達成されるまでは消費増税はしませんという言い方をする方が、人々は「これで政府はインフレ目標達成に向けて本気だな」と期待が出てくると。
そういう状況を作るのが大事だということだと思うんです。
これは決して、シムズさんも含めて、財政再建が必要ではないということを言ってる訳ではないんです。
財政再建は必要です。
日本の財政の中には、はっきり言ってまだまだ削れる部分がたくさんあると。
ただこれは改革しなければいけないんだけれど、財政赤字が大きいから、今すぐ増税しなければいけないというほど、財政状況が逼迫している訳ではない。
そこが重要なポイントだと思います。
そして大変興味深いのが、3月14日に同じくノーベル経済学賞を取ったスティグリッツ教授が、経済財政諮問会議に招かれてるんですけど、スティグリッツ教授はシムズ教授とほとんど同じことをその場で言ってるんですね。
つまり、インフレ目標が達成できるまで、消費増税は行わない方がいい。
そして、日本の財政赤字は言われているほど大きくない。
残念なのは、そういう発言を、ノーベル経済学者が官邸に来て言っているにもかかわらず、それが十分に社会に伝えられていなくて、十分な議論になっていないと。
私はやはりここは、正に王道の政策議論を行う。
今細かい問題が国会で議論されていますけど、この中心のマクロの議論をしなければいけないと思います。