世界危機遺産に指定されたウィーン
8月7日放送 「NHKマイあさラジオ」
キャスター:オーストリアのウィーンの中心部は世界遺産に指定されています。
百年以上前の美しい街並みを求めて世界中から多くの観光客が訪れています。
ところが先月、ユネスコの世界遺産委員会は、ウィーンを危機遺産に指定しました。
ウイーン支局の小原記者に聞きます。
小原さん、この危機遺産というのは、具体的にはどのような遺産のことを言うんでしょうか。
小原:世界遺産としての価値がこのままでは失われてしまう恐れのある遺産のことなんです。
武力紛争や自然災害で破壊されたり、観光開発で指定の理由となった自然が失われたりしている世界遺産が、危機遺産に登録され、世界に50以上あります。
ただウィーンのように、先進国の世界遺産で危機遺産に指定されるのは、異例のことなんです。
キャスター:なぜ危機遺産になってしまったんでしょうか。
小原:実は高層マンションの開発計画がきっかけになっているんです。
世界遺産指定されている地区の中で、再開発計画が進んでいまして、高さ60メートルを超える高層マンションが建設されようとしています。
ウィーンの中心部の歴史地区は世界遺産に指定されているわけですが、この地区の建物の高さは、教会などを除いて百年以上前から30メートル以下に制限されています。
景観が保たれている理由の一つなんですが、計画のマンションは制限の2倍以上で、市民からも反対の声が上がっています。
キャスター:規制があるわけですよね、行政は動いていないんですか。
小原:実はこの計画を推進しているのが行政なんです。
この計画に関してだけ制限を外すとしていて、ユネスコと真っ向から対立しています。
市は、高層マンションの計画で呼び込んだ投資マネーで、市民が利用出来るスケートリンクを合わせて建設するとしています。
また、マンションひとつだけで、この街の歴史的な価値も失われるわけではないと反論しています。
そしてあくまで、計画を推し進める姿勢で、世界遺産の指定を取り消されることになれば、それも仕方がないと、世界遺産で亡くなったとしても観光客は来るとまで話しています。
キャスター:かなり強い言葉ですけど、行政はなぜこの計画にそこまでこだわっているんでしょうか
小原:焦りがあります。
イギリスがEUから離脱を決めたことで、多くの企業やEUの機関がロンドンに代わる新たな本拠地を探しています。
ウィーンもその候補地の一つとなっていますが、世界遺産に指定されていることで、街の中心部で新たな都市開発をするのは簡単なことではありません。
市としては、高層マンション計画を実現することで、投資マネーを歓迎する姿勢を国内外に示し、一つでも多くの企業や組織の誘致につなげたいと言う意図があります。
キャスター:ただウィーンには世界中から観光客も来ますし、焦る必要はないようにも思うんですけど。
小原:ウィーンがあるオーストリアでも、実は少子高齢化が急速に進んでいます。
社会保障費が大きくのしかかる中、税収と雇用を増やさなければ、このままでは市の財政もますます厳しくなると言う危機感があります。
市の担当者は、世界遺産という称号は有り難いが、それだけでは食べていけないと話していましたが、それが本音なのだと知りました。
市は来年2月までに、ユネスコに改善策を提出しますが、市・ユネスコそして市民の間で、どのような議論が行われるのか取材を続けたいと思います。