核兵器禁止条約が持つ意味について
8月3日放送 「NHKマイあさラジオ」
キャスター:核兵器禁止条約が持つ意味について、お話は、核兵器廃絶に向けた政策提言や調査行う長崎大学核兵器廃絶研究センター准教授の中村恵子さんです。
核兵器を初めて法的に禁止する核兵器禁止条約が国連で先月採択されました。
中村さんは核軍縮の歴史において大きな前進だと評価されていますよね。
中村:今回採択された禁止条約というのは、核兵器をどの国が持つことも使うこともまた威嚇することも含めて全面的に違法とした初めての国際条約ということになります。
つまり、この条約は核兵器の価値であったり有用性であったり、そういったものを完全に否定しているんですね。
これまで、核保有国また核保有国の核に依存している核の傘の下の国が長年主張してきた、核の脅しによって自国の安全が保たれるといういわゆる核抑止という考え方ですけど、こういったものを明確に否定しているという、それがこの条約の重要性であると思います。
条約の採択にあたっては、国連の加盟国の3分の2に当たる122カ国が賛成したという状況があります。
キャスター:ここで核兵器をめぐる現状を確認しておきたいと思います。
世界で今核兵器を持っている国は、アメリカ・ロシア・フランス・イギリス・中国さらにインド・パキスタン・イスラエルそして核開発を進める北朝鮮を含めると9カ国になりますね。
世界全体の核弾頭の数はおよそ1万5000発で、そのうちの93%はアメリカとロシアが持っています。
中村さん、今回の核兵器禁止条約には、そのアメリカとロシアをはじめとする核保有国は交渉の会議そのものに参加しませんでしたよね。
そして日本も採択には加わっていません。
実効性には厳しいという見方もありますよね。
中村:おっしゃる通りですね。
核保有国が動かなければ、もちろん核兵器の削減は進まないものですし、核なき世界というものの実現は夢のまた夢というふうになると思います。
しかし大事な事は、正にそうした核軍縮が一向に進まない現状が長年続いて来たからこそ、現状を打開する一手としてこの禁止条約を作ろうと非核保有国が立ち上がったという、その事なんですね。
核軍縮に関わる条約としては、すでに核不拡散条約(NPT)というものがあります。
NPTには、アメリカ・ロシアなど5つの核保有国が入っています。
そして、NPTはこれらの国に、自分たちの国の核兵器をゼロにするために誠実に交渉しなさいと定めていますし、またNPT関連の会議の過去の合意文書の中でもそのような約束は何度も何度も確認されてるんですね。
しかし、実際核軍縮のペースというのは極めて遅いと言わざるを得ません。
さらに、アメリカを筆頭に多額の費用をかけて核兵器の近代化と高性能化を図る動きが非常に大きな問題になっています。
したがって、こうした行き詰まりを打開しようというのが、正にこの禁止条約の狙いなんですね。
今のNPTの欠陥を補って、そこでなされた合意を実現させるための追い風であったり、活力というものになると、そういうふうに考えるべきだと思います。
キャスター:ただ、この核兵器禁止条約の中に入らないと実効性がないのではないかと思うんですが、どうでしょう。
中村:核保有国に門戸を開いたかたちで条文も作られています。
実は核を当面保持したままでも参加できる仕組みができているんです。
しかし、期限を定めて、核兵器を完全に廃棄すると、それに向けた計画を立てる、そして国際的な管理のもとで具体的に廃絶に進んでいくという、そういうプロセスが描かれています。
このように、門戸を開いていてももちろん、そこに核保有国が入っていくる保証はないわけですよね。
しかし、この禁止条約が出来たことによって、これらの国の核政策に正当性というものが大きく揺らぐわけですね。
国際的な批判または圧力というものにも晒されますし、またなぜ禁止条約に参加しないのか、参加しないとしたらどういう別のやり方で核軍縮を進めるのかと、これまで以上に強い説明責任が生じます。
例えば、対人地雷というのも禁止条約が出来てるんですけど、アメリカは条約そのものに参加していません。
しかし、そういった世論の声を受けて一部の地雷の生産をストップさせました。
このように、世論の力は非常に大きいと思いますし、禁止条約というのはそういった世界的な規範を作るという大きな役割を持っています。
キャスター:一方で日本も含め核の傘に守られて来たという考え方ですとか現実がありますよね。
北朝鮮の核開発を巡る問題でも、相手側にどう放棄させるのかという課題があると思いますけど、現実的な脅威が増している中で、禁止条約はその役割を果たせるんでしょうか。
中村:半世紀以上に渡って日本においては核抑止が国の安全を守って来たという認識が、国の安全保障の前提になって来たという現実があると思います。
しかし、果たして核抑止で本当に安全が守られるのかという、いわば根本的なところを問い直す必要があるのではないかと思います。
北朝鮮の核問題が極めて深刻になっていて、状況は悪化していますけど、アメリカや日本が言っている国を守るためには核兵器が必要だという主張は、そのまま北朝鮮が言っていることにも重なります。
つまり、周りの国が核兵器に依存すればするほど、北朝鮮の主張に根拠を与えてしまっているということも指摘できると思います。
もちろん、禁止条約のみでこの問題が解決するわけではありません。
禁止条約を追い風にしながら、地域国家の信頼醸成を図っていくことです。
そして、核兵器に依存しない安全保障の地域的な枠組みを作っていくということも十分に可能です。
北東アジアに非核兵器地帯というものを作るというのもひとつの案として出されています。
特定の地域で、国家が国際条約を結んで、地域の非核化を実現するという取り組みはすでに世界中で行われています。
キャスター:地域を決めて、そこで一斉に核を手放しましょうと。
中村:そうですね、つまり核兵器に依存しないという規範を地域レベルで作っていくということが問題を解決するステップになるということです。
キャスター:広島・長崎に原爆が投下されてから72年が経ちます。
私たち日本人は、これからどう核軍縮・核兵器廃絶に向かっていくべきだとお考えでしょうか。
中村:今や核問題はグローバルな問題です。
例えば、環境問題や人権問題、貧困といった問題とともに世界中の誰しもが被害者になりうる、世界中の誰しもがこの問題を解決する責任を持っているという認識で語られています。
そうした中、本来被爆国である日本ほど強く道義的責任を持って強い発言力を持つ国はこの世界にないわけですね。
ところが現状では、日本は自らリーダーシップを発揮する機会を手放して、むしろ抵抗勢力となってしまっています。
これは極めて残念なことです。
でも政府だけを責めることではなくて、実は日本の世論つまり一人一人の意識というものもなかなかそこに向いていない、そういうことも問題だと思います。
したがって、今回の禁止条約というものをひとつのきっかけとして、日本の私たち一人一人が核兵器についてまた核をめぐっての今の日本の立ち位置について、思考停止に陥っていないかと、一人一人が改めて振り返る・考える機会にこの禁止条約を活用してほしいと思います。
今年も8月6日と9日を迎えますが、ここは単に過去にあったことを振り返る日にではなくて、そこを原点として私たちが進むべき未来を考える日であると思います。